第126話「ばねと釘と未来の形」
(語り手:徳田加奈子)
大学の工作室は、無機質で静かだった。
コンクリート打ちっぱなしの壁、金属音、工具の匂い。
でも私は、どこか懐かしさを感じていた。
「“高校のときは、ばねと釘が友達でした”って、履歴書に書いてやろうかな」
思わず、ひとりごちる。
工具棚の隅に、細いスプリングと、鉄の釘を見つけたとき、
高校の物理室にあった**“ばねのジャンプ台”**が
頭の中に、ありありと浮かんだ。
あれは確か、2年生の終わりごろ。
「重力と弾性の協力プレイ」ってふざけたテーマで、
私が無理やり作った装置だった。
ばねを縮めて、釘で固定して、スイッチで解放すると、
乗せたピンポン球が――跳ねる、飛ぶ、でも曲がる。
理由は未解明。物理的には未完成。でも、たのしかった。
今の私は、その頃より知識も器用さもある。
なのに、指が止まる。
「これって……またやって、意味あるの?」
自問した瞬間、スマホに通知が届いた。
蘭子からの画像だった。
——あの研究ノートの写し。
ページの端に、こんな言葉が見える。
「物理は、未来に飛ばす質問だと思う」
それを見て、なんだかスイッチが入った。
私は、釘とばねを取り出して、久々に指先を動かす。
機構は単純。だけど、意味は深い。
跳ね上がるピンポン球。
その瞬間に、私は確信する。
“意味がある”かどうかなんて、
今わかんなくていい。
今は、問いを形にしてみたいだけだ。
近くにいた同級生が、興味を持ったように話しかけてきた。
「それ、何? ジャンプの実験?」
「……うん、未来の実験かもね」
「未来の?」
「“今の私”が、答えを出さなくていい実験」
そのとき、ちょっとだけ未来の形が見えた気がした。
釘とばね。
曲がった軌道。
飛びすぎたピンポン球。
高校でつくった“未完成”は、
大学で“問い直し”になって、
やがて“新しい形”になる。
それがたぶん、私の物理。
私の“ものづくり”。