第124話「研究ノート、3年分」
(語り手:佐倉涼子)
大学の講義が本格的に始まった。
知らない専門用語が次から次へと飛んでくるし、
周りの人たちはノートPCをぱちぱち打ちながらうなずいてるし、
正直、毎日がちょっとずつ“敗北”だった。
でも、私は負けずに手書きのノートを取り続けてる。
理由はひとつ。
“頭の中で一度、問い直したくなるから”。
そんなある日の夜、
寮の机の引き出しから、ずっと持ってきた封筒を取り出した。
物理研究会の研究ノート、3年分。
正確には、コピー。原本は学校に置いてきた。
でも、私はすべてをPDFにして、紙でも残した。
だって、この3年間が、今の私の“辞書”だから。
1年目は、ぐちゃぐちゃだった。
図も荒くて、言葉も曖昧で、
「なにこれ意味わかんない」ってツッコミ入れたくなる。
でもそこには、“わかりたい”が詰まってた。
2年目は、迷いが多かった。
誰に伝えるか、どうやったら伝わるか。
試行錯誤の痕跡が、矢印だらけのページににじんでる。
3年目――
線が細くなって、字が大きくなった。
図は少なく、でも**“言葉”が強くなっていった。**
ノートの最後の方に、加奈子が描いた絵があった。
空に放たれるバネ、その下に“3人の小さな影”。
ページの隅にこう書いてあった。
「物理は、未来に飛ばす質問だと思う」
私は思わず、笑った。
高校のときは、“よくわかんないこと言ってるな”って思ってたけど、
今の私には、ものすごく刺さる言葉だった。
ノートを閉じて、私は今の授業用ノートに向き直った。
ページの一番上にこう書く。
「今日は、何を問い直す日か?」
高校時代のノートは、
正しい答えを残すためじゃなかった。
“問い”を、自分の中に持ち続けるためにあった。
だから、今。
私は、研究ノート4年目の1ページ目を開く。
問いは終わらない。
むしろ、今からが本番だ。
記録より記憶。
記録と記憶。
そして今は、“記録から始まる未来”。
3年分のノートは、過去じゃない。
今を支える、私の“物理”。