第123話「蘭子の涙、涼子の笑顔」
(語り手:徳田加奈子)
春。
3月と4月の境目なんて、カレンダーにしかないって思ってたけど、
駅のホームで別れた3人が、別々の道を歩き出して、
それでもまだ、私はあの二人のことばっか考えてる。
涼子からは、LINEでこんなのが届いた。
「大学の最初の授業、怖かったけど、ノート取るのだけは負けないと思った」
蘭子からは、メッセージじゃなくて写真。
白衣を着て、実験室の前でちょっとだけ自信なさそうな笑顔。
「みんな、ちゃんと“次”に向かってるんだなぁ」
私は、そう思った。
でも――次の土曜日。
予想外のことが起きた。
駅前のパン屋さんでクロワッサン買って、
空き教室で工作でもしようかなって思ってたとき。
いきなり、物理研究会グループに通話着信。
出てみたら、いきなり蘭子の泣き声。
「うわぁぁああああああ!!」
「うわ、なに!?何!?実験失敗!?火花出た!?」
私が慌てて言うと、涼子が笑ってた。冷静に。超冷静に。
「違うよ加奈子。蘭子が、“黒板の前にチョーク置いてないの変”って泣いてるだけ」
「ええぇぇ~~~~!?」
蘭子は泣きながら、
「黒板あるのにさあ!チョークがないんだよ!?おかしくない!?
しかもプロジェクターあるのに誰も電源入れないの!?」
「え、それはわかる」
と、私。
涼子は、くすっと笑ってから言った。
「でもね、それが“普通”なんだって。
私たち、ちょっとだけ特殊だったんだよ」
蘭子の泣き声が、だんだん笑い声に変わる。
不思議と、私まで笑ってた。
「ねえ……また、3人でなんかやろっか。物理じゃなくてもさ」
涼子が言ったそのとき――蘭子の声が、ちょっと震えた。
「……うん、でも、また物理もやりたい。私、まだ好きだから」
私たちの青春はもう終わったと思ってた。
でも、こうやってまた交差する瞬間がある限り、終わってないんだ。
そして、私は思った。
涙が出るほど好きなものがあって、
それを笑って受け止めてくれる仲間がいる――
それって、最強なんじゃない?
涼子の笑顔が画面越しに輝いてて、
私はクロワッサンをかじりながら、
「物理研究会、もう一回開こうか?」なんて冗談を言った。
そして蘭子が、
「真面目に言ってるなら、泣くよ」って、
もう泣いてたけど。