第120話「高校生、物理を語る」
◆赤﨑蘭子
卒業式を前にした最後の放課後。
誰もいない物理室に、私たちは集まっていた。
目的は――物理研究会の最後のノートに、一言ずつ書くこと。
でも、その「一言」が、なかなか書けない。
白いページを前にして、私は言った。
「高校生が物理を語るって、なんか大げさだよね」
「でも、語ってきたじゃん」
加奈子が笑う。
だから、私も覚悟を決めてペンを持った。
「世界は、たぶん正しくできている。
でも、正しさの形はひとつじゃない。
物理は、それを教えてくれた。
私は、だからこの学問を信じたい」――赤﨑蘭子
◆佐倉涼子
私は迷った。ずっと迷ってた。
この三年間、正解にしがみついたこともある。
でも、いつのまにか“伝わること”を大切に思うようになった。
蘭子の言葉のあと、私はゆっくりとペンを走らせた。
「“わかる”って、言葉じゃないかもしれない。
目の色、間の取り方、表情。
それでも、伝わったって感じる瞬間がある。
物理は、人と人の理解の訓練だった」――佐倉涼子
◆徳田加奈子
「うわ、2人ともマジメ……」
私はちょっと照れながら笑った。
でも、私だってマジだった。
自由研究のつもりで始めたこの場所は、
いつしか、自分の居場所になっていた。
だから、私は“言葉じゃなくて絵で”残そうと思った。
描いたのは、ばねが伸びて、縮んで、また跳ね返る図。
そして、その横にこう書いた。
「物理って、ばねみたいだ。
押されて、戻って、でも前より少し遠くまで届く。
私もそうありたいと思う」――徳田加奈子
こうして、3人の言葉が最後のページに並んだ。
それはきっと、正確な定理でも、論文でもない。
でも――高校生が物理を語った、たしかな証だった。
ふと蘭子が言った。
「ねえ、また会おうね。どっかの物理室で」
「そのときはまた、バネ飛ばして遊ぼ」
加奈子が笑い、
私はうなずいた。「そのときは、今よりもっといい“質問”持っていく」
ノートは閉じた。でも、
わたしたちの“問い”はまだ続いてる。
答えは出ない。
でも、それでいい。