第118話「加奈子、もう一度絵で語る」
卒業まで、あとほんのわずか。
物理研究会の活動も、ほとんど“記録整理”になったころ。
私はふと思い出した。――あのノートのこと。
1年生のとき、私はよく、
実験の記録に絵を描いていた。
バネの動きを線で、
空気砲の衝撃を色で、
重心のズレを、漫画のコマ割りみたいに。
「なんでそんなに描くの?」って涼子に言われたこともあった。
でも私は――言葉より“形”で物理を感じてた。
そして、最後の今。
もう一度だけ、私は“絵で語ろう”と思った。
テーマは決めてた。
「3年間の物理と感情の軌跡」。
ふざけてると思われてもいい。
でも、私なりの“卒業研究・補遺”として残したかった。
1枚目。
タイトル「振り子と迷い」
1年目の私。なんとなく入った物理研究会で、
ぐらぐら揺れてる気持ちと、振り子の軌道を重ねた。
2枚目。
「ゴムの伸びと、あのときの苛立ち」
実験がうまくいかなくて、ピリピリした日。
でも、伸びたゴムはいつか戻る。私たちもそうだった。
3枚目。
「音波と笑い声」
文化祭準備中、うまくいかなくて爆笑した瞬間。
波形みたいに重なる3人の笑い声を、カラフルな線で描いた。
4枚目。
「斜面の上の3人」
卒業直前、進路に向かうそれぞれの足元。
斜めの道の上で、少しずつ違う方向に進む3人のシルエット。
涼子がふと絵をのぞき込んで言った。
「……あ、なんか。言葉じゃ言えないけど、伝わる」
「でしょ?」
私はちょっと得意げに笑った。
蘭子は、真顔でじっと最後の絵を見ていた。
「これ……さ、誰かに見せるの?」
「いや、これは自分に残すための絵。
でも、あんたらには見せときたいかなって」
私は、絵の最後にこう書き加えた。
「物理は数式だけじゃない。
感情にも、軌跡がある。」
この3年間、私はずっとふざけたような実験ばっかしてた。
でもそれが、自分の“理解のしかた”だった。
数字より形。言葉より感覚。
私にとっての物理は、いつだって“絵”だった。
だから、卒業前の今――
もう一度だけ、絵で語りたかったんだ。
物理研究会3年間の、
“ゆがんでて、でもあたたかい波形”を。