第115話「蘭子のプレゼン最終稿」
(語り手:赤﨑蘭子)
高校最後の「卒業研究発表会」。
教室を使った簡単な発表だけど、
私たちにとっては――3年間の物理研究会の集大成だった。
加奈子も涼子も準備を進めてる中で、
私は、パソコンの前でずっと“言葉”を探していた。
何を語ればいいのか、迷っていた。
テーマは決まってる。
「日常の中のエネルギー保存則」――いつかやりたかったテーマ。
でも、“言葉にする”のが難しかった。
発表の原稿を何度も書いては消し、
加奈子に茶化され、涼子に助けられ、
やっと辿り着いたのが、前日の夜。
私は、プレゼンの最終稿を手書きでまとめた。
そして、そのまま当日を迎えた。
発表の時間。
観客は、物理の先生と他の部活数人と、後輩。
特別な舞台じゃない。でも、緊張はした。
私は、プレゼンのスライドにこの言葉を表示して始めた。
「エネルギーは形を変えて残り続ける。
ならば、私たちの思いも、何かに変わって残るのだろうか」
会場が少し静かになった。
私は、話し始めた。
「こんにちは、物理研究会3年の赤﨑蘭子です。
今日は、日常の中にある“エネルギー保存”の話をします。
でも、私はこの話を、“思い”の話として聞いてもらえたら嬉しいです」
スライド1枚目。
学校の階段をかけ上がる写真。
「階段を上がるとき、私たちはエネルギーを使っています。
でもそのエネルギーは、“位置エネルギー”に変わって、
ちゃんとどこかに保存される」
次のスライドには、文化祭のときの実験装置。
風船ロケットが飛び出す瞬間。
「人の手でためた力が、空気になって飛び出して――
音になって、熱になって、そして、誰かの“記憶”にもなる」
私は、何かを説明するよりも、
何かを伝えたかった。
「この三年間、私たちはたくさんの実験をしました。
でも一番の発見は――
“力は消えない”って、知ったことです」
私はゆっくりスライドを切り替えた。
最後のスライドには、物理室の黒板の写真。
そこに、3人の手で書かれた数式と、「またここから」の文字。
「私が今日伝えたかったのは、
エネルギー保存則の話ではありません。
**“私たちのやってきたことは、無駄じゃなかった”**ってことです」
声が少し震えた。
でも、止まらなかった。
「音も、熱も、記憶も、言葉も――
全部、どこかに残って、誰かに届くと信じています。
だから、私たちは前に進めます」
「物理は冷たい」って言う人もいるけど、
私は、物理ほど“あたたかくて、誠実な学問”はないと思っています。
発表を終えたとき、
先生が、小さく拍手をしてくれた。
涼子も加奈子も、静かに目を合わせて、うなずいてくれた。
そして私は、プレゼンの最後の一枚の下に、こう書いた。
物理研究会・赤﨑蘭子
卒業研究発表最終稿(完)