第113話「電磁波で“音”を飛ばす」
(語り手:赤﨑蘭子)
卒業まであと2か月。
進路は決まった。卒業アルバムの写真も撮った。
だけど私はまだ、物理室でやり残したことがあった。
「蘭子、それってつまり――ラジオ作るの?」
涼子が私の作業机をのぞき込みながら言った。
「ううん、簡易送信機。“音”を“電磁波”で飛ばしてみたいんだよね」
きっかけは、文化祭でもらった質問カードだった。
「音って、どうやって遠くまで届くんですか?」
「電波って、音とちがうのに、なんで“音声”が届くの?」
あのとき、ちゃんと説明できた気がしなかった。
だから、作ってみたくなった。小さな“答え”のかたちを。
加奈子がすかさず反応する。
「ちょっとそれめちゃくちゃカッコよくない? できたら鳴らしてね!」
「いや、まずはノイズとの戦いになると思うけどね……」
トランジスタ、抵抗、コンデンサ。
部品をはんだ付けしながら、
私は何度も何度も、回路図を見直す。
アンテナから送信できる“ギリギリ合法”な範囲で、音声を飛ばす。
もちろん、距離は数メートルしか届かないけど、それでいい。
涼子が呆れたように言う。
「それ作るのに、参考にしてるの昭和のラジオ雑誌なんだけど」
「うん。昭和の物理少年たち、やることハンパないから」
ようやく試作一号が完成した夜。
静かな準備室に、スピーカーからかすかな音声が流れた。
「――うわ、マジで鳴った!」
加奈子が跳ね上がる。
「ノイズすごいけど……たしかに“声”が飛んできてる」
涼子がそっとアンテナに手を伸ばす。
その瞬間、私は確信した。
「伝える」って、波なんだ。
直接じゃなくて、空気を、物質を、周囲を、媒介してでも、
ちゃんと届くものがある。
その夜、三人でテーブルを囲みながら、私はつぶやいた。
「“理解”って、距離ゼロじゃないと思う。
たぶん“共鳴”なんだよね。波でつながる感じ」
「……わかる気がする」
涼子が、静かにうなずいた。
声を飛ばしたくて、電波を使った。
でも、本当に飛ばしたかったのは、
たぶん“気持ち”だった。
物理って、ほんとは冷たくて、無機質で、正確な学問。
でも私はその中に、たしかに“あたたかいもの”があると知った。
自分の手で、それを飛ばせた瞬間。
私は、少しだけ未来に近づけた気がした。