第112話「3人だけの自由研究」
(語り手:佐倉涼子)
卒業まで、あと三ヶ月。
受験と出願と、模試の結果に追われる日々。
でもそのすき間で、私たちは“研究会らしいこと”をしたくなった。
ある日の放課後。
加奈子がぼそっと言った。
「さ、最後に、さあ――“自由研究”しない?」
「え、今さら?」
「今だから、じゃない?」
「……それ、いいかも」
そうして始まった、三人だけの自由研究。
テーマも時間も、誰に見せるわけでもない。
提出先:未来の自分たち。
◆蘭子のテーマ:「音速のズレと教室の空気」
⇒ 同じ音が、教室の端と窓際で、わずかに届くタイミングが違う理由を、
温度差と湿度、反響の問題から探る。
◆加奈子のテーマ:「バネと“やる気”の相関関係」
⇒ 自作装置で“やる気”の強さを測定できないか、
バネの圧縮量と本人の主観を結びつけようとする半分ネタ・半分本気の研究。
◆涼子のテーマ:「“わかった気がする”の瞬間を測る」
⇒ 問題を解くまでの思考の流れを、紙と音声記録で分析。
“理解”とは何かを、自分なりに可視化したい。
「自由研究ってさ、夏休みにやらされるものだったけど」
「今なら、“やりたいからやる”に変わったね」
蘭子が言う。
「でもさ、これ、ほんとに誰にも見せないの?」
加奈子がノートをパラパラめくりながら言った。
私は、少し笑ってこう答えた。
「私たちだけが知ってればいいんじゃない?
この時間が、“最後の研究”だったってこと。」
静かな準備室。
誰もこない夕方。
紙の音、シャープペンの音、加奈子の独り言、蘭子のブツブツ。
そのすべてが、愛おしかった。
きっと私たちは、来年から別々の場所で、
それぞれの“自由研究”を続けていくんだろう。
この3年間は、その序章にすぎなかったんだ。
私たちだけの、最後の研究。
それは、なにひとつ発表されないけれど、
ちゃんと未来につながっている“仮説”だった。