第111話「重力の錯覚装置、完成」
(語り手:徳田加奈子)
3年の秋。
文化祭も終わって、進路の話も少しずつ落ち着いてきたころ。
私たちは、“卒業までにやりたいことリスト”をつくった。
それは、なんというか――名残惜しさの延長みたいなものだった。
「やり残した実験、ない?」
涼子が訊いて、
「ある!」と即答したのは、もちろん私だ。
「“重力の錯覚”装置、作りたかったんだよね!」
ずっとやりたかった。
重心と視覚と平衡感覚をかき乱す、変な装置。
高校でやるにはちょっとバカっぽいけど、そこがいい。
「またすごい方向きたな」
涼子があきれ顔で言う。
でも、蘭子は食いついた。
「面白そうじゃん! 重力って、“体感”でしかわかんないし!」
「それを“錯覚”でひっくり返すのが、ロマンなんだよ!」
ということで、作った。
三人で最後の“ちょっと変な装置”。
まず、斜めに傾けた床。
上に乗ると、まっすぐ立ってるつもりでも傾いて見える。
さらに、左右の壁に斜線と歪んだ模様を貼って、
“視覚情報”をぐらぐらにする。
「これ、立ってるだけで酔いそう」
「加奈子、これ物理か?」
「これはね、立派な“錯覚物理”ですよ。
人間の脳は重力を“見る”んです!」
実験装置を完成させたのは放課後遅く。
私はちょっと誇らしげに、準備室の奥に貼り紙をした。
「重力は、感じてるようで、見ている。」
by 物理研究会・加奈子発案最終作品
涼子がくすっと笑った。
「……やっぱり、こういうのやってるときの加奈子、輝いてる」
「でしょ?」
蘭子がメジャーで傾斜を測りながら言った。
「ねえ、これ展示しておけばよかったかもね、文化祭に」
「いやこれは、“卒業研究”なんだよ、うちらの」
誰に見せるでもなく、誰に評価されるでもなく。
ただ、自分たちが面白くて、作ってみたかったもの。
でも、それが一番、物理研究会らしかった。
帰り際、装置の前で三人で写真を撮った。
歪んだ壁の前で、変な角度で立ちながら、
私たちは――まっすぐ笑ってた。
高校最後の装置は、きっと何の役にも立たない。
でも、これを「作りたい」って思った気持ちが、
一番リアルな“重力”だった。