第108話「蘭子、追い込まれる」
(語り手:徳田加奈子)
文化祭の準備って、たぶん、部活の“期末テスト”だと思う。
いや、進路のことまで被ってる高3には、期末どころか最終試験かも。
「……で、これが質問ポストに届いたの全部」
私は厚みのある封筒を、蘭子の前に置いた。
蘭子の眉がぴくりと動く。
「こんなに来たの……?」
「うん。しかも、マジ質問ばっか。子どもから大人まで全力投球」
「全部に答えるって言ったの、誰……」
「あなたです」
質問の一部を読み上げてみる。
「なんで空に虹が出るの?」
「音って見えないのに、どうして壁の向こうに届くの?」
「重心って、ほんとに“中心”なの?」
「コイルって、何回巻けば発電できますか?」
「将来、物理で食べていけますか?」
蘭子は頭を抱えた。
「うぅ……これは、ちょっと、思ってたより、ガチだ」
その横で、涼子がぽつり。
「でも、“なんで?”って言葉にちゃんと答えようとする姿を見せるのが、うちらの展示だよね」
「……うん。それはわかってるんだけどさ」
蘭子は、ため息混じりに続けた。
「“ちゃんと伝えたい”って思うほど、怖くなる」
「間違ったらどうしようとか、誤解させたらどうしようとか……」
「一言の説明のために、10個くらい調べ直してる」
「そのうち、自分でもわからなくなってきて……」
そう言って、蘭子は**“らしくない”顔**をした。
なんでも自信たっぷりで、まっすぐ突っ走るあの蘭子が、
足が止まってる。
私は少しだけ黙って、
それから、ゆっくりと自分のノートを開いた。
「私、この質問好きだった」
ページを指差す。
「“見えないもの”を、どうやって信じればいいですか?」
「これ、たぶん、物理じゃなくて人生相談かもだけどさ。
うちら、こういう問いに、“自分の言葉”で答えられるようになったよね?」
涼子も言う。
「うまく答えようとしなくていいんじゃない?
“私ならこう思う”って伝えることのほうが、大事だと思う」
蘭子は、少しだけ肩の力を抜いて、深くうなずいた。
「うん……逃げずに、向き合う。ちゃんと伝える。
それが、私たちの最後の展示になるんだもんね」
蘭子は、再び質問の束を抱えて、自分の席に戻った。
きっとまた、夜遅くまでノートを開いてるんだろう。
だけど今の彼女は、“追い詰められて”なんかいない。
追い込まれてるんじゃない。
本気で、届けようとしてるだけなんだ。
その姿が、物理研究会の“らしさ”そのものだった。