第107話「文化祭、最後の出展へ」
(語り手:佐倉涼子)
六月のある日のこと。
教室の黒板に「文化祭準備会議」という文字が躍ったとき、
私は手帳の端に、小さく「最後の文化祭」と書いた。
「今年の物理研究会、どうする?」
蘭子がホワイトボードの前に立ち、加奈子が椅子をくるくる回している。
最後の文化祭。
つまり、高校生活で一番最後の“発表の場”。
「いっそ、“物理とは何か”っていうド直球テーマで行く?」
「抽象的すぎん? 見に来た人が固まるやつ」
「でもさ、どうせ最後なら、自分たちがやってきたこと、全部ぶち込みたいじゃん」
その言葉に、私は、なんとなく背筋が伸びる思いがした。
「じゃあ、展示も体験も、解説もぜんぶやる?」
「やっちゃおうよ! “総決算”ってことでさ!」
「テーマは……“身のまわりの不思議、ぜんぶ実験で答えてみた”とかどう?」
加奈子が拍手した。
蘭子がホワイトボードに「文化祭プラン」とタイトルを書いた。
・空気砲→体験ブース
・磁石と重力のゲーム→子ども向け
・赤外線と熱→展示&解説
・偏光とシャボン膜→観察実験
・錯視と振動→映像+触れる実験
・コイルと発電装置→蘭子の解説付き
・“なんで?”ポスト→質問受付(涼子担当)
「……やること、多いな」
「やりすぎだな」
「でも、やらなきゃ、後悔するかも」
「やるしかないな」
私たちは、自然と笑った。
“最後だから”じゃない。
“好きだから”やるんだ。
去年よりもっと忙しくなるかもしれない。
去年よりもっと準備に時間がかかるかもしれない。
でも、それでも。
三人でなら、やれる。
「展示名はどうする?」
加奈子がマーカーを手に取る。
私は一呼吸おいて、口を開いた。
「“物理の入り口、見つけてみませんか?”」
蘭子がにやりと笑った。
「いいじゃん、それ。うちらの入口は、ここだったって、言えるやつ」
誰かの“わからない”が、“おもしろい”に変わる場所をつくる。
それが、私たちの最後の文化祭の意味だった。