第106話「実験装置、暴走す」
(語り手:赤﨑蘭子)
それは、よく晴れた放課後だった。
「よし……通電!」
私はスイッチを入れた。
――次の瞬間、準備室に異様な音と、焦げたような匂いが走った。
「ちょっ……え、何!?」
「蘭子、止めて止めて止めてー!!」
涼子と加奈子の叫び。
3年目の最初の自主実験。
テーマは「小型コイルによる非接触加熱」――のはずだった。
装置は手作り。
加奈子の工作魂と、私の設計と、涼子の安全対策。
3人で組んだ“完璧なはず”のシステムだった。
しかし、電圧の調整が甘かった。
コイルが異常発熱し、電源部が“キーン”と甲高く唸り、
卓上の金属板が想定よりも遥かに熱を持った。
私はあわてて主電源を切った。
沈黙。白い煙。ピリッとする空気。
「……やばかった」
涼子が椅子に座り込んだ。
「焦げるかと思った」
加奈子が額の汗をぬぐう。
私は、まだ震える指先で、手帳を取り出した。
そして、書く。
> 実験失敗。コイル加熱制御不良。電圧過剰。安全対策不十分。
「蘭子、なんで記録してんの……」
涼子があきれたように言った。
でも私は、ノートに顔を向けたまま、笑って答えた。
「だって、“失敗”って、いちばん物理が動いた瞬間だから」
失敗が怖くては、仮説は立てられない。
誤差や暴走や予定外こそが、実験の醍醐味だって、
この二年間で、何度も思い知らされたじゃないか。
「でもさー、もうちょい穏やかに“物理”してくれない?」
加奈子がへたり込む。
「……すまん」
私は心からそう言った。
でも、どこかでワクワクしている自分がいた。
装置が暴走するのは、“理論が現実とぶつかった証拠”。
つまり、それは“実験”になったってことだ。
片づけのあと、私たちはホワイトボードに大きく書いた。
「装置は失敗。でも、物理は成功。」
3年目も、たぶんこんな調子で始まる。
それでも、やっぱり私たちは――
物理が好きだ。