第104話「涼子のモヤモヤ」
(語り手:佐倉涼子)
進路調査票の〆切が近づいていた。
蘭子は、志望理由書まで仕上がっている。
加奈子も、“なんでも屋”という方向性で進んでいる。
そのふたりが、当然のようにまっすぐ歩いているように見えたから、
私は――焦った。
「で、涼子は?」
昼休みの準備室で、加奈子がチョコ棒をかじりながら聞いてきた。
「……まだ、保留」
なるべく軽く返したつもりだったけど、声の奥ににじんだのは、たぶん迷いだった。
私はずっと、「なんとなく」で物理研究会に入った。
でも、気づけば好きになって、レポートに熱中して、
発表会ではスピーチまでした。
なのに今、“この先どうしたいか”を聞かれると、
言葉が出ない。
「研究も、工学も、教育も、なんか全部違う気がして……」
気づけば私は、本音をもらしていた。
蘭子は、そんな私をじっと見て、言った。
「涼子が一番、“考えてる”気がする」
「……考えてるだけで、何も決めてないんだよ?」
「ううん、考えつづけてるからこそ、言葉に慎重になってるんだと思う」
私は、ちょっと泣きそうだった。
決まらない自分が、誰より遅れてる気がして、
それを比べるのも嫌だった。
でも、蘭子の言葉は責めじゃなくて、支えだった。
「迷ってるのは、ちゃんと物理を見てるからじゃない?」
加奈子も言った。
「“よくわかんないけど物理好き”って、別に間違ってないと思うよ。
むしろ、うちら全員そうだし」
そうか――
“迷い”は、好きな気持ちがあるから生まれるものなのかもしれない。
わたしは、まだモヤモヤしてる。
でもそれは、今までちゃんと向き合ってきた証拠。
答えを急がなくていいって、ふたりが教えてくれた。
進路調査票はまだ空欄。
でも、そこに書く言葉が“うそじゃない”ものになるまで、
私はちゃんと悩みたいと思えた。
物理って、そういうものだった。
“わからない”を、“わかろうとしつづける”ものだった。
だったら、進路だって同じだ。
モヤモヤのなかでも、私は歩いてる。
それを、ふたりが信じてくれている。
それだけで、今は十分だと思えた。