第103話「加奈子の進路は“なんでも屋”」
(語り手:赤﨑蘭子)
涼子が志望理由書の加筆に悩んでいた昼休み。
私は、いつものように物理準備室でコイル実験の資料を読んでいた。
そこへ、加奈子がふらっと入ってきた。
紙パックのカフェオレ片手に、いつもの調子で。
「ねえ蘭子。ちょっといい?」
「なに?」
「私、進路のことでさ――“なんでも屋”って、アリ?」
カフェオレを飲みながらの、あまりにも唐突な質問だった。
「……え?」
「“なんでも屋”。いろんなことできて、いろんなことに関われて、誰かの“困った”にパッと動ける人。そういうの、いいなーって」
私は思わず笑ってしまった。
でも、それと同時に、**「ああ、加奈子だ」**と思った。
「つまりさ」
加奈子は続ける。
「物理も楽しいし、工作も好きだし、でもガチの研究者ってわけじゃない。
けど、“誰かの役に立つ”ために、知ってることを全部使いたい、みたいな?」
その言葉には、たしかな熱があった。
「何か一つの“道”を極めるっていうより、
“なんでも少しずつわかる”状態でいたいの。
で、それを現場で動かせる人になりたいの」
「……それ、すごく“物理的”な思考じゃない?」
私が言うと、加奈子は驚いたようにまばたきした。
「物理って、世界のいろんな現象を“つなげて”見る学問だからさ。
その感覚を“応用したい”って、すごく自然な発想だと思うよ」
「マジで? じゃあ私、やっぱ物理研究会にいて正解だったんだなー!」
そう言って、加奈子は満面の笑みを浮かべた。
彼女の強みは、“専門家”になることじゃない。
いろんな人の間に立って、“なんでもできる”存在になること。
私たちの中で、一番失敗して、一番笑って、
でも、いちばん“自由に考えていた”のは、
たぶん加奈子だった。
「でさ、大学はどこを?」
私が聞くと、加奈子はしれっと答えた。
「工学部かな。いろいろ混ざってるとこ。
あと、ロボットとか地域実装とかやってる学科。なんか動きがあって楽しそう」
動きがある――
たしかに、加奈子には“止まって考える”よりも、“動いてつかむ”のが似合う。
涼子はまだ迷っているけど、
加奈子は、ちゃんと**“自分の進みたい方向”**を見つけていた。
「でも、志望理由に“なんでも屋になりたい”って書いても大丈夫かな?」
「そのまま書いたら、逆に読みたくなるかもよ」
加奈子はいたずらっぽく笑って、
「よーし、志望理由、ネタ帳つくるわ!」と叫んで部室を出ていった。
彼女の進路は“なんでも屋”。
でもそれは、決して“何にも決まってない”じゃなくて、
**“なんでもできるように決めていく”**という、加奈子流の覚悟だった。