第10話「飛ばなかったロケット」
(語り手:佐倉涼子)
「やるからには飛ばしたいじゃん? ほら、ロケットって夢あるし!」
加奈子の目が、真剣だった。
実験とは思えないほど、真剣だった。
放課後の物理準備室に、いつものにぎやかさが戻っていた。
机の上には、加奈子が持ち込んだ手作りロケット。
紙筒とペットボトル、テープでできたその機体は、どこからどう見ても子ども工作……なんだけど。
「今日はこれに“空気”を詰めて、発射する!」
そう言って、自転車の空気入れと逆止弁付きのキャップを見せたときは、ちょっとだけワクワクしてしまった。
場所は、校舎裏の広場。
発射台は段ボールの切れ端に、ロケットを差し込んだだけの簡易設計。
でも、なんとなく――
「こういうのが一番、ロマンあるよね」
私は心の中でつぶやいた。
「じゃあ、準備いきます! 空気圧、注入!」
シュポッ、シュポッ、シュポッ――
空気がボトルの中にたまっていく。加奈子の顔にも本気の熱が入ってきた。
「5、4、3、2、1……発射ッ!」
……。
ボフッ。
音だけは勢いがあった。
でもロケットは、その場にズンッと落ちた。
飛ばなかった。
「……ん?」
加奈子が首を傾げる。
私と蘭子先輩は、顔を見合わせた。
「空気、足りなかったのかな?」
「ノズルがうまく抜けなかったかも」
「重心? 角度?」
「接着甘かった?」
全員が、静かに反省会モードに入る。
でも――加奈子だけは、目を輝かせたままだった。
「……ねえ、こういう時こそ、“仮説”立てるチャンスじゃない?」
加奈子が言った。
「だって、飛ばなかったっていう結果が出たんだよ?
それって、“なんで?”って考えるチャンスじゃん」
私は、はっとした。
この子、本当に物理好きになってきてるんだ、って。
蘭子先輩も、少し驚いたように頷いた。
「“失敗は仮説の源”。科学は、そこから始まる」
その日のうちに、私たちは**「なぜ飛ばなかったか」**というテーマで議論を始めた。
加奈子は、「もっと軽い素材なら…」とスケッチを描き、
私は、「発射時にノズルの摩擦が…」と図を描いて分析した。
蘭子先輩は、静かに、でもうれしそうにメモを取っていた。
夜、私はレポートにこう書いた。
今日のロケットは飛ばなかった。
でも、飛ばない理由を探す時間は、たぶん飛んだときより面白かった。
「飛ばない」には、意味がある。
それを考えるのが、私たちの研究なんだと思う。
次の日、加奈子は言った。
「次は絶対、飛ばすから!」
その目は、もう次のロケットを見ていた。