第1話「赤﨑蘭子、勧誘に燃える」
春の光が、校門の鉄柵をまばゆく照らしていた。
桜はすでに満開を過ぎて、花びらが歩道の隅に集まっている。高校の新学期のざわめきが、グラウンドにも、校舎にも、そして――ひときわ熱量をもって、物理準備室の前にも、溢れていた。
「よし、準備完了っと」
白衣を羽織った少女が、掲示板の前で手を組んだ。
赤﨑蘭子。二年に進級したばかりの物理研究会の部員である。いや、正確には、部員唯一の二年生である。
「去年はひとりだった。でも、今年こそは――」
彼女の背後には、異様な光景が広がっていた。
足元に設置された木製の実験台。その上には、手作りの空気砲。隣には手回し発電機、さらにその隣では水面を振動させる装置が低音のうなりを上げている。すべて、蘭子が一人で組み上げたものだ。
そのすべての装置の上には、赤いマジックでこう書かれたカードが立っていた。
「自然の法則に恋してみませんか?」
彼女は、誇らしげに腕を組んだ。
「この構成なら、どんな子でも心を奪われるはず。特に波動装置……美しい……」
校門がざわめき始めた。新入生たちが、一年生の札をつけたまま、集団で流れ込んでくる。色とりどりの部活勧誘の呼び声が飛び交う。
「ねえ、ダンス部見た?かわいくない?」
「軽音のライブ、今年もあるらしいよ!」
「帰宅部ってどうすれば入れるのかな……」
蘭子はその波に向かって一歩、踏み出した。
白衣の裾が風に揺れる。掲げたボードにはこう書いてある。
「物理研究会・部員募集中(恋も爆発も再現可能)」
彼女の口角がゆっくりと上がる。
「君たち――この世界の法則に、興味はないか?」
周囲の空気が止まる。
「……だ、誰?」
「何この白衣の人、コスプレ?」
「なんか……こわい……」
蘭子は首をかしげた。
なぜ引かれるのか、全く理解できない。
「これは正装だが……? 第一、これ以上に真剣さを伝える服装があるか?」
その瞬間、風がふわりと吹いて、彼女の後ろの空気砲がドンッと音を立てた。
宙に舞った煙輪が、新入生の群れのど真ん中を貫いていく。
キャーッ、という悲鳴。
その直後、拍手と笑い声が起きた。
「え、なにあれ、すごい!」
「今の空気砲!? どっから出たの!?」
「え、面白そう、やば!」
騒ぎの中、二人の少女が一歩、踏み出してきた。
「ねえ……ここ、何の部活?」
蘭子は振り返った。
一人は、ぼんやりとした目つきで制服のリボンを直している。もう一人は、テンション高くスマホで空気砲を撮影している。
「物理研究会。君たち、入るか?」
ぼんやりの子が言った。
「え、わたし理系じゃないし……」
「でも、今の面白かった! これ、どうやって出るの?」
蘭子は微笑んだ。
その顔には、自信と熱が満ちていた。
「ようこそ。この世界の“理由”を、君たちに見せてあげよう」
そして、こう付け加えるのだった。
「爆発の仕組みも、恋の加速度も、全部、物理で証明できる――かもしれない」
新しい年が、始まった。