失われた理想
5年前──
公会堂の屋上に吹く夜風は、湿り気を帯びていた。
ガンジー・マハトマは、弟子アーリヤと並んで星を見上げていた。
「明日、世界は一歩だけ前に進むだろうな」
アーリヤの瞳は希望に満ちていた。
それが嘘ではなかったことを、ガンジーは信じて疑わず翌朝を迎えた。
閃光と轟音。
それは彼の信じる理想とともに、会場の中心を吹き飛ばした。
惨劇を知らせる非常警報の中で、彼は立ち尽くした。
瓦礫の中に、何人ものかつての同志の名札が落ちていた。
「これは…なぜ、こんなことが……」
数日後、回収された監視映像が届けられる。
画面の中で、荷物検査を素通りする一人の男。
映像に重なるデータ認証の記録──アクセスコード:A-1154Y。
そのコードは、アーリヤしか持っていない。
アーリヤとの出会いはスラム街だった。
警官に殴られていた少年。
ガンジーはその少年を助け、初めて手を握った。
「誰にも暴力を振るわせるな。自分も、他人もだ」
「はい……誓います」
あの日から、彼はアーリヤを自ら育て、未来を託そうとしていた。
今、手の中にある証拠は、彼の心を砕く。
「彼が……この手で殺したのか?」
「いや……そんなはずはない。何か理由が……」
疑い、否定し、それでも心は否応なく裂けていく。
他の弟子たちに話そうとは思わなかった。
告げた瞬間、この理想は完全に崩れてしまう気がした。
代わりに、彼は沈黙した。
そして、自分でも気づかぬうちに──彼の瞳から光が少しだけ失われた。
その夜、彼はひとり公会堂跡を歩いていた。
崩れた演壇の下に埋もれていた、アーリヤがいつも持ち歩いていた布製の日記帳を拾う。
ページは破られ、燃えかけていた。
だが一言だけ、かろうじて読める文字があった。
「力が、正しさを守ってくれるのなら──」
ガンジーの手が、震えた。