第5話「教師、自分の存在価値に悩む」
──パンが二種類になった。
少し前までは焦げた硬パン一択だった俺たちの食卓に、ふかふかの白パンと、ほんのり甘い干しリンゴパンが並んでいる。
「レティ、これめっちゃうまい」
「ふふふ、ピスコット名物“農家の嫁入りパン”ですわ。名産としては……まあ、及第点ですわね」
「素直に褒めたれや」
生活が安定してきた。
モフスライムの素材を集めては、露店で売る。
レティの“柔らかめですわ口調”と商品リニューアルが功を奏し、客も常連がついてきた。
食事、寝床、道具──必要なものは揃いつつある。
だが、その平穏の中で。
──俺は、少しずつ“違和感”を抱き始めていた。
◆ ◆ ◆
「なぁレティ、次の素材ってどうする?」
「そろそろ“もふもふの穴”も飽きてきましたわね……次は“ぷるぷる湿原”あたりを狙いますか」
「名前が癒し系すぎて油断しそうなんだけど……」
「ですが、次は“毒ぷるスライム”ですわよ? 油断すれば……」
「こっちは死ぬの!?」
こんな軽口を叩けるくらいには、俺たちは“息が合ってきていた”。
それでも。
俺が本当に役に立ってるか──は、別の話だった。
◆ ◆ ◆
「おにーさん、ずっと後ろで荷物持ってるだけなの?」
バザーで、小さな子供に無邪気な声で言われた。
「せ、説教担当だから……」
「なにそれ、こわ〜い!」
グサッ。
ちくちくと刺さっていた“疑問”が、今ので深く突き刺さった。
(……たしかに、最近の仕事って、荷物持ちと素材運搬と、あと……たまにスライム蹴ってるだけだ……)
スキル“説教(B)”も、効くのは一部モンスター限定だし、
“授業(E)”なんて今まで1ミリも発動してない。
“黒板美化(S)”にいたっては、ダンジョンの壁を眺めながら「磨けるな……」と思った程度。
──俺、いらなくね?
◆ ◆ ◆
夜。焚き火の前。
俺はパンを齧りながら、レティの寝息を背に空を見上げていた。
星空は静かで、やけに眩しかった。
(そういや……こんな夜があったな)
思い出すのは、かつての教室。
生徒のやる気がなくて、教師同士の連携もうまくいかず、何度も叱って、何度も空回りして。
深夜までプリントを作って、授業研究して、それでも──
「“やる気ないんで別にいいっす”って言われたな……あの時……」
何も届かなかった日々。努力が空っぽに響いた教室。
それでも、教師でいるしかなかった自分。
(そのまま、異世界でも──役立たずかよ)
思わず、拳を握った。
◆ ◆ ◆
「……夜風は冷えますわね」
ふと振り返ると、レティが毛布を抱えて座っていた。
「……起こしちまった?」
「いいえ。教師様が背中で“病みオーラ”を撒いておりましたので、気になりまして」
「背中から!? 俺、そんな分かりやすかった!?」
「すごくわかりやすかったですわ」
レティは隣に腰を下ろし、焚き火に手をかざす。
「……何か、ありましたの?」
「いや……」
……いや、違う。そうじゃない。
俺は、誰かに話せるほど強くなかったんだ。
「……俺さ、ずっと思ってたんだ。俺、何もできてないなって」
「…………」
「レティが商売も交渉も、戦闘も少しずつやれるようになってるのに、俺はずっと“説教”と“荷物持ち”。それって、ただの足手まといだよな……って」
レティは、しばらく黙っていた。
そのあと、ぽつりと言った。
「教師様。あなたは、誰かに必要とされたくて、教師になったのですか?」
「…………いや。正直言うと──必要とされたかった、のかもしれない」
自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。
「必要とされない日々を、あなたは何年も続けてきたんですのね」
「……続けるしかなかったからな」
「すごいですわ。わたくしにはできませんわよ、そんなこと」
レティが、小さな笑みを浮かべた。
「でも、今の教師様は──ちゃんと必要とされてますわよ?」
「……え?」
「わたくしは、教師様が隣にいてくれるから、踏ん張れてるんですの。……説教も、わりと効きますし」
「“わりと”かよ!」
「でも、“いちばん聞きたい言葉”をくれるのは──教師様ですわ」
火の灯りの中で、彼女の笑顔はほんの少し、柔らかく見えた。
◆ ◆ ◆
その夜、俺は久しぶりに“自分の名前”を胸に刻み直した気がした。
教えること。伝えること。支えること。
それが、俺の“教師としての戦い方”なんだろう。
(……なら、まずはできることを全力でやろう)
俺は鞄の中から、あの指輪を取り出した。
“説教の効果が範囲化する教師用の装備”。
「……よし。まずは、こいつで“最強の説教”をモンスターにぶつけてやる」
「教師様。今ちょっと怖いこと言いませんでした?」
「気のせいです。さて、スキル修行といきましょうか」