表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

第5話「教師、自分の存在価値に悩む」

 ──パンが二種類になった。


 少し前までは焦げた硬パン一択だった俺たちの食卓に、ふかふかの白パンと、ほんのり甘い干しリンゴパンが並んでいる。


「レティ、これめっちゃうまい」


「ふふふ、ピスコット名物“農家の嫁入りパン”ですわ。名産としては……まあ、及第点ですわね」


「素直に褒めたれや」


 生活が安定してきた。


 モフスライムの素材を集めては、露店で売る。

 レティの“柔らかめですわ口調”と商品リニューアルが功を奏し、客も常連がついてきた。

 食事、寝床、道具──必要なものは揃いつつある。


 だが、その平穏の中で。


 ──俺は、少しずつ“違和感”を抱き始めていた。


◆ ◆ ◆


「なぁレティ、次の素材ってどうする?」


「そろそろ“もふもふの穴”も飽きてきましたわね……次は“ぷるぷる湿原”あたりを狙いますか」


「名前が癒し系すぎて油断しそうなんだけど……」


「ですが、次は“毒ぷるスライム”ですわよ? 油断すれば……」


「こっちは死ぬの!?」


 こんな軽口を叩けるくらいには、俺たちは“息が合ってきていた”。


 それでも。


 俺が本当に役に立ってるか──は、別の話だった。


◆ ◆ ◆


「おにーさん、ずっと後ろで荷物持ってるだけなの?」


 バザーで、小さな子供に無邪気な声で言われた。


「せ、説教担当だから……」


「なにそれ、こわ〜い!」


 グサッ。


 ちくちくと刺さっていた“疑問”が、今ので深く突き刺さった。


(……たしかに、最近の仕事って、荷物持ちと素材運搬と、あと……たまにスライム蹴ってるだけだ……)


 スキル“説教(B)”も、効くのは一部モンスター限定だし、

 “授業(E)”なんて今まで1ミリも発動してない。

 “黒板美化(S)”にいたっては、ダンジョンの壁を眺めながら「磨けるな……」と思った程度。


 ──俺、いらなくね?


◆ ◆ ◆


 夜。焚き火の前。


 俺はパンを齧りながら、レティの寝息を背に空を見上げていた。


 星空は静かで、やけに眩しかった。


(そういや……こんな夜があったな)


 思い出すのは、かつての教室。


 生徒のやる気がなくて、教師同士の連携もうまくいかず、何度も叱って、何度も空回りして。


 深夜までプリントを作って、授業研究して、それでも──


「“やる気ないんで別にいいっす”って言われたな……あの時……」


 何も届かなかった日々。努力が空っぽに響いた教室。

 それでも、教師でいるしかなかった自分。


(そのまま、異世界でも──役立たずかよ)


 思わず、拳を握った。


◆ ◆ ◆


「……夜風は冷えますわね」


 ふと振り返ると、レティが毛布を抱えて座っていた。


「……起こしちまった?」


「いいえ。教師様が背中で“病みオーラ”を撒いておりましたので、気になりまして」


「背中から!? 俺、そんな分かりやすかった!?」


「すごくわかりやすかったですわ」


 レティは隣に腰を下ろし、焚き火に手をかざす。


「……何か、ありましたの?」


「いや……」


 ……いや、違う。そうじゃない。

 俺は、誰かに話せるほど強くなかったんだ。


「……俺さ、ずっと思ってたんだ。俺、何もできてないなって」


「…………」


「レティが商売も交渉も、戦闘も少しずつやれるようになってるのに、俺はずっと“説教”と“荷物持ち”。それって、ただの足手まといだよな……って」


 レティは、しばらく黙っていた。


 そのあと、ぽつりと言った。


「教師様。あなたは、誰かに必要とされたくて、教師になったのですか?」


「…………いや。正直言うと──必要とされたかった、のかもしれない」


 自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。


「必要とされない日々を、あなたは何年も続けてきたんですのね」


「……続けるしかなかったからな」


「すごいですわ。わたくしにはできませんわよ、そんなこと」


 レティが、小さな笑みを浮かべた。


「でも、今の教師様は──ちゃんと必要とされてますわよ?」


「……え?」


「わたくしは、教師様が隣にいてくれるから、踏ん張れてるんですの。……説教も、わりと効きますし」


「“わりと”かよ!」


「でも、“いちばん聞きたい言葉”をくれるのは──教師様ですわ」


 火の灯りの中で、彼女の笑顔はほんの少し、柔らかく見えた。


◆ ◆ ◆


 その夜、俺は久しぶりに“自分の名前”を胸に刻み直した気がした。


 教えること。伝えること。支えること。


 それが、俺の“教師としての戦い方”なんだろう。


(……なら、まずはできることを全力でやろう)


 俺は鞄の中から、あの指輪を取り出した。


 “説教の効果が範囲化する教師用の装備”。


「……よし。まずは、こいつで“最強の説教”をモンスターにぶつけてやる」


「教師様。今ちょっと怖いこと言いませんでした?」


「気のせいです。さて、スキル修行といきましょうか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ