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第4話 「悪役令嬢、商売なんて“余裕ですわ”」

 ──ダンジョン攻略から一夜明けた朝。


 俺とレティは、焚き火の前で“戦利品”の山を見つめていた。


 瓶に詰めたモフスライムの体液、ふわふわの毛玉、よくわからんキラキラ石……

 そして、売れるかどうか全く不明な、なぜかいい匂いのする苔。


「さて、教師様。これらを、売りに出しますわよ」


「いきなり大胆に出たな!? 売るってどこで!?」


「この近くに“ピスコットの市”という村がありますの。小さいですが、交易の拠点。素材の換金には最適ですわ」


「……商売の経験、あるの?」


「もちろん。“王都バザーの無敗の女狐”と称されたこのわたくしに──商売なんて、余裕ですわ!」


 その自信、どこから来るんだ……。

 だが、食料の確保という現実に勝る理由はない。


 こうして俺たちは、異世界初の市場へ向かった。


◆ ◆ ◆


 ──ピスコットの市。


 小さな村ながら、通りには活気ある露店が並び、野菜、薬草、革製品……どれも地に足のついた商品ばかり。


「では、ここで構えますわよ!」


 レティが借りた一角のスペースに、布を敷いて商品を並べていく。


 毛玉にリボンをつけた「癒しボール」、体液瓶にラベルを貼った「万能エッセンス」、

 さらに石には“魔力反応あり(たぶん)”と説明カードを添える工夫っぷり。


「ど、どうだ……見た目だけはそれっぽいぞ」


「このわたくしにお任せを。見ていてくださいませ──王都仕込みの接客、披露して差し上げますわ!」


 そして、開店。


「いらっしゃいませ〜! 今だけ限定、もふもふ癒しボール!」


 ──数時間後。


「……売れねぇ」


 完全に無風。


 近づいてくるのは好奇心旺盛な子供くらいで、大人たちはすぐに素通り。


「ちょっと高すぎない?」「見た目だけじゃん」「体液って言い方がもうムリ」と容赦ない声が飛ぶ。


 レティは一生懸命に笑顔を作るが、少しずつ目が泳ぎ始めていた。


「い、いらっしゃいま──せ、で、ですわ〜……」


(レティ……)


 昼過ぎ、ようやく二つほど体液瓶が売れ、銀貨2枚を得る。


 しかし、その日をどうにか凌げる程度の売上に、俺たちは言葉を失った。


「わたくし……何が足りなかったのでしょう……?」


 かつての“女狐”が、初めて壁にぶつかった瞬間だった。


◆ ◆ ◆


 帰り道、レティがふと足を止めた。


 市場の裏通りで、転びかけた子供がいたのだ。小さな女の子が木箱を抱え、つまづきそうになっている。


「危ないですわよ!」


 レティが駆け寄って箱を支え、女の子はぱちくりと目を見開いた。


「お、おねーちゃん、ありがとう!」


「いいえ。お礼など不要ですわ。無事ならそれで──」


「……あっ、パパだ!」


 女の子が走り寄った先にいたのは、見るからに商人風の男。腰には皮の小銭袋、肩には帳簿を提げている。


「娘を助けてくださって、ありがとうございます。……貴族の方、ですか?」


「いえ、今はただの旅の者ですわ」


 男は軽く頭を下げたあと、言った。


「よければ、昼食をご一緒にどうです? せめてお礼を」


 ──そして、その食事が、レティにとって転機になった。


◆ ◆ ◆


 男は名前を“ビヨルド”と名乗った。


 ピスコットで雑貨屋を営む地元の商人で、街の売れ筋や市場の流れに精通しているらしい。


「……この街じゃ、王都みたいな高級品は売れないですよ。みんな“実用性”重視ですから」


「ですが、商品の質には自信が──」


「ええ。でも“見た目が良すぎると、気後れして手が出ない”ってのも、あるんですよ。庶民感覚ってやつです」


「…………」


「娘さん、“ですわ口調”も丁寧でいいですけど、正直ちょっと怖いです。もっと柔らかく話すと、距離も縮まりますよ」


「……はっきり言いますのね……」


「商売は、相手に“買ってもらう”だけじゃなく、“手に取ってもらう”ことから始まるんです」


 レティはその言葉を、静かに、でも深く噛み締めていた。


◆ ◆ ◆


 翌朝、レティは早朝から市場を歩き回り、露店を一つひとつ観察して回った。


 人が立ち止まる場所、商品の並べ方、話しかけるタイミング、価格の相場──


 そして、小さなノートを取り出し、さらさらとメモを取り始めた。


「ふふ……燃えてきましたわね」


 昼。


 再び開いた露店には、昨日とはまるで違う空気が流れていた。


 体液瓶のラベルには「冷却・鎮静効果あり」とシンプルな説明。毛玉には“ふわふわクッション素材”と手描きのPOPが添えられている。


「いらっしゃいませ〜。こちら、ちょっとしたお昼寝にぴったりなんです。触ってみてくださいな?」


 口調も自然体に近づいていた。昨日のような“距離”はない。


 子供連れの母親が立ち止まり、体液を購入していく。


 革職人らしい男が、毛玉を見て「これ、靴の中敷きに使えるな」と納得して購入。


 完売ではなかった。けれど──


 昨日とは明らかに、空気が違っていた。


「……すこし、掴めた気がしますわ」


「レティ……すごいよ」


 レティは、ほんの少し頬を赤らめた後、いつものように胸を張って言った。


「ふふ。商売なんて、“努力すれば”余裕ですわ!」

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