第3話「追放教師、最弱ダンジョンに挑む」
朝。小鳥がさえずる爽やかな森の中、俺は死んだ魚のような目でパンをかじっていた。
「……もそもそしてて、口の中の水分全部持ってかれる……」
火で炙って柔らかくしたはずのパンは、中までしっかりカッチカチだった。
もはや凶器レベル。
「教師様、パンが主食なのは構いませんが、そろそろ栄養バランスも考えたほうがよろしいですわよ?」
「知ってる。俺だって野菜欲しい。プロテインも欲しい」
「では、行きましょうか」
「どこへ!?」
レティはすっと指を指す。
「この森の奥に“初心者用ダンジョン”がありますの。素材と食料の確保には、最適ですわ」
「さらっと言ったけど、それ普通に危険なやつじゃん!?」
「大丈夫。名前が可愛いですから」
「ネーミングで油断させてくるタイプかもしれないぞ!?」
しかし──
「このままパン生活を続けて飢えるか、モフモフの中に突撃して生き残るか──どちらが良いです?」
「いやもう前者が死亡ルートなの確定してる言い方やめて……」
「ちなみに、わたくしは火魔法が少し使えます。あなたは“説教スキル”があるので、前衛で敵の精神を削る戦術でいきましょう」
「なんで俺がタンク役なんだよ!?」
「教師様はクラスでも怒鳴り慣れてらっしゃるでしょう?」
「それを戦闘に転用するな!」
──そして俺たちは、腹ペコと好奇心に背中を押され、ダンジョンへ向かった。
◆ ◆ ◆
──【初心者ダンジョン:もふもふの穴】──
「なにこの名前、癒し系絵本かよ」
「説明文に“安心・安全・初めてのダンジョンライフをあなたに”って書いてありますわ」
「完全にフラグじゃん……」
看板の横には、羊のマスコットが笑顔でサムズアップしていた。胡散臭さMAX。
「それでは、いざ参りますわよ!」
「ちょっと待て心の準備が──」
「もふもふアタック、レディ・ゴー!」
「なんか言い方可愛くしてごまかしてる!?」
◆ ◆ ◆
ダンジョンの中は、ほんのり温かくて明るい。
壁には苔が生えてて、ところどころで光る石が照らしていた。……ちょっとオシャレ。
そして──
「もっふー」
現れたのは、白くて丸い毛玉。
……あれ? スライムじゃない?
「……モフスライムですわね」
「え、これが敵?」
「いえ、彼らは体温が好きなだけの生物で、敵意はありませんわ。むしろ癒し枠です」
たしかに、足元にすり寄ってくるモフスライムは……ちょっと可愛い。
「……モフりたい」
「今なら無料ですわよ?」
俺は思わず一匹抱き上げて──
「……はあ~~~~癒される……」
「教師様……このまま定住しそうな顔になってますわよ……」
そんな和みムードをぶち壊したのは──
地響きだった。
「……ん?」
突如、モフスライムの群れが震え、地面がズズズと揺れた。
「こ、これは……!」
「何かが下から来てる!? おいレティ、これは想定内!?」
「……想定は、しておりましたわ」
「してたんかい!!」
そして、モフスライムを弾き飛ばして地中から現れたのは──全長3メートル級のサンドワームっぽい何かだった。
「ちょっ、初心者向けだよね!? なんでボス級出てくるの!?」
「モフスライムがあったかくて、ちょうど巣にしやすいみたいですの」
「不動産紹介かよッ!!」
そのとき、レティが前に出て杖を構える。
「いきますわ──《エンチャント・ファイア》!」
小さな火球が、ふわっ……とワームの頭に直撃。
……煙が出ただけだった。
「弱っ!? 今の蚊取り線香のほうが効くぞ!?」
「ち、違いますわ、魔力の消費が……!」
「もう下がって、俺がなんとかする! 俺にはあの“スキル”がある!」
俺は目を閉じて、一歩前へ出る。
「いいかお前ぇぇぇぇら!! 教師はなあ! 常に黒板を磨きながら! 生徒の未来を──」
「ギャアアアアアアアアッ!!?」
叫んだのはワームだった。
いや、マジで。ワームが叫んだ。泣きながら穴に帰っていった。
「……えっ、マジで効いた……?」
「教師様の“説教スキル”、精神攻撃に特化してる説が出てきましたわ……」
「なにそれ怖い」
◆ ◆ ◆
戦闘(?)を終えた俺たちは、モフスライムたちの群れの奥にある小さな宝箱を見つけた。
「これは……“教育者の指輪”?」
「効果は……“説教の効果が範囲化し、一定確率で対象のやる気を削る”……ですわ」
「完全に教師向け洗脳装備じゃんこれ……!」
「レアリティはCですが、精神系ではS級相当ですわよ?」
「そんなカテゴリがあるのかよ!!」
二人で爆笑しながら、俺たちはダンジョンを後にした。
──異世界で、確かに俺たちは一歩ずつ“生き延びる力”を手に入れている。
教師と悪役令嬢。
役立たずとレッテルを貼られた者たちの、レジスタンスの始まりだった。