第2話「追放教師、悪役令嬢と会話する」
「……う、うぅ……頭が痛い……」
少女は額を押さえながら、ふらりと体を起こした。
俺は慌てて手を貸す。
「ちょっ、無理すんな。マジで倒れるって! 俺、保健の免許は持ってないからな!」
「……ありがとう、ございますわ……教師様……」
相変わらず語尾に“わ”が付くタイプのしゃべり方だ。
しかしその表情は、地味に可愛い。というか、やたらと育ちが良さそうだ。
「えっと……名前、聞いてもいいか?」
少女は気品ある微笑みを浮かべて、スッと立ち上がった。
その瞬間、風になびく金髪がスローモーション演出みたいになってて、正直ちょっと感動した。
「わたくしの名は──レティシア・フォン・アーデルハイト。元公爵令嬢であり、元王太子の婚約者……そして今は、“追放された悪役令嬢”ですの」
「長い!」
「なので簡単に、“レティ”とお呼びくださいな」
いや、呼びやすいけどさ!
その肩書き、情報量多すぎだろ!
ていうか、お前も追放キャラかよ!
なんだこの世界、追放しかしてねえのか?
俺が混乱してる間に、レティはスカートの裾を整えてから、急に凛とした顔になった。
「……さて、まずはこの状況を整理しましょう」
「整理できる気がしないけど、どうぞ」
「まず、私は王都で“悪役令嬢”として冤罪により追放され、道中で盗賊に荷物を奪われ、現在所持金ゼロですの」
「待って、序盤から詰みすぎじゃない?」
「そしてあなたは?」
「俺は生徒たちと一緒に召喚された教師だったけど、スキル“黒板美化S”のせいで国から追放された」
「黒板美化……? S……? それって、スゴイんですの?」
「いや、ない。異世界に黒板は存在してない」
「致命的なスキルですわね」
ここまでで、もうすでにヤバいコンビの気配が漂っている。
レティは森の奥を見つめながら、ふと真顔になった。
「……教師様、こんな森で彷徨っているということは、食料は?」
「ナイフ一本と、パン一個。あと水筒に水がちょろっと」
「…………なんで教師なのに準備悪いんですの?」
「俺だって召喚される予定じゃなかったんだよ! てか、先生ってサバイバル担当じゃないから!」
「……仕方ありませんわね」
レティはぐるりと周囲を見渡すと、なぜかドヤ顔で宣言した。
「ここから、私たちの“革命”を始めますわ」
「え、今すごく壮大なこと言わなかった!?」
「目指すは、王国転覆→ざまぁ返し→国政再編→世界再生ですわ」
「段階の飛び方がパワフルすぎる!」
「……でも、私も教師様も、このままじゃただのモブキャラですわよ?」
「ぐっ……否定できない……」
彼女の目は、どこか本気だった。
でも今は──革命の前に、パンを分け合ってる俺たち。
「ところで教師様……あなた、料理は?」
「お湯を沸かしてカップ麺を作るくらいなら」
「私、火魔法が少し使えますわ。カップはないけれど、お湯くらいなら……」
……もしかして、この二人で異世界生き抜けるんじゃないか?
◆ ◆ ◆
数時間後。
焚き火の前でパンをあぶりながら、俺たちは簡易なシェルターを作っていた。
レティが木の枝に指を伸ばして、ちょちょいと**貴族風フリル結界(仮)**を張っている。地味にすごい。
「教師様、こちらのパン──半分焦げました」
「俺のナイフが悪い」
「いえ、たぶん火加減の問題ですわ」
「あとで説教(B)スキル使っていい?」
「そのスキル、私にもある気がしてきましたわ」
こんなやり取りを繰り返すうちに、いつの間にか日は暮れて、空に星が瞬いていた。
──追放された俺と、追放された彼女。
出会ったばかりのはずなのに、不思議と安心感がある。
「……あのさ、レティ」
「なんですの?」
「お前、“悪役令嬢”って自分で言ってたけど、本当にそうなのか?」
レティはしばらく黙ってから、小さく笑った。
「いいえ。違いますわ。──私はただの、都合よく悪者にされた令嬢ですの」
静かな夜に、焚き火のパチパチという音だけが響いた。
「……俺もさ、ただの教師だったのに、“役立たず”って言われて……情けなかった」
「わかりますわ……その気持ち。だから──」
レティは俺の手をそっと握った。
「これからは、一緒に頑張りましょう? 教師様」
「……ああ。任せとけ」
こうして、俺たちの小さな“レジスタンス”が誕生した。
「……ところで教師様」
「ん?」
「この近くに“初心者向けダンジョン”があるそうですわ。安全で、素材も取れて、食料もある程度確保できるとか」
「え、なにそれ便利……って、ダンジョン!? 俺たち今、レベルゼロだぞ!?」
「パン一個生活を続けるか、モフモフスライムから素材を回収するか──選びなさいませ」
「お嬢様、脅しが上手いですね……」
「お褒めに預かり光栄ですわ!」
こうして俺は、**異世界の最弱ダンジョンに突入することになった**。