第1話「追放教師、異世界に立つ」
──気づいたとき、俺は白い部屋に立っていた。
いや、厳密には神殿っぽい何かだ。見渡せば、制服姿の生徒たちがざわついている。
「え、え、どこここ!? 修学旅行は箱根じゃなかったの!?」
「これ、完全に異世界じゃね? 俺の中のなろう知識が叫んでる!」
「私、“チート”ってやつ欲しい!」
混乱と興奮が交差する生徒たちの声。その中心で、俺はただ一人、スーツ姿で突っ立っていた。
(あー……やっぱ来ちゃったか)
俺の名は高嶺真一、35歳、高校教師。修学旅行の引率中、突如発生した光の柱にクラスごと飲み込まれ、気がつけばこのザマだ。
「ようこそ、選ばれし勇者たちよ!」
神殿の奥から現れたのは、テンプレすぎる長老ポジションのローブ老人。
「貴公らには、この世界を救う力がある……!」
来たな。完全に**異世界勇者召喚パターンC-3(※集団転移・職業バラバラ型)**だ。
「まずはステータスカードをお配りしまーす!」
配られるカードに、次々と生徒たちが叫び始める。
「やった! 俺、“魔神殺しの剣士”!」
「えっ、“癒しの聖女(属性:萌)”ってなにこれ可愛すぎない!?」
「スキル“神速”!? 俺もう世界最速じゃん!」
盛り上がる生徒たち。良かったな、お前ら。夢の異世界生活の始まりだ。
──そして俺の番が来る。
「教師殿……高嶺真一。これが、貴殿のステータスカードである」
受け取って、見て──即死しかけた。
⸻
【名前】高嶺真一
【職業】教師(だいたい察して)
【称号】異世界の不燃ゴミ
【スキル】プリント配布(D)、説教(B)、黒板美化(S)
【特殊能力】保護者面談(発動不可)
⸻
「おいコラ神様ァアアアア!!」
俺はカードを天に向かって投げた。
「なんでだよ!? 黒板美化がS!? ここ、黒板ねぇだろ!?」
周囲の反応は冷たい。
「……あの人、教師ってだけで来ちゃった系?」
「チートないのに来るとか、マジ勇気すごい……(笑)」
「もしかしてバグキャラ?」
王族っぽいおっさんが渋い顔で言い放つ。
「……残念ながら、そなたは“凡人”のようじゃの……役立たずに国費を割く余裕はない」
そして、俺の処遇が決まった。
「この者、追放!」
「えっ、ちょっと待っ──」
「門まで案内してやれ。荷物? そこにある使い回しのナイフで十分だ」
なんだこの異世界、セカンドチャンスの概念ゼロか!?
生徒たちの視線も痛い。中には俺を心配そうに見る子もいるが──多くは、「あ、こいつ詰んだな」みたいな目だ。
俺は何も言えず、ただナイフとパン一個を渡され、王都の門をくぐった。
こうして──俺は異世界で、教師から無職になった。
◆ ◆ ◆
森を歩いて三時間。
お腹はペコペコ、水は底を尽き、ナイフは既に木の実を切る用途でブレードが丸くなっていた。
「なんで俺だけ……教師って、そんなにいらないか……?」
俺のスキル“説教”が、今なら泣きながら発動できる気がする。
涙目で歩いていたそのとき──
「……たすけて……」
どこかからか細い声がした。
「幻聴か? それとも“保護者面談”の呪いか……?」
とりあえず茂みに突っ込むと、そこには──金髪ドレスの少女が倒れていた。
(うわっ……貴族オーラ……!)
明らかに庶民じゃない空気を纏いながら、少女がうっすらと目を開けた。
「……助けてくださって……ありがとう……」
「お、おう。だ、大丈夫か?」
少女は弱々しく微笑み、なぜかこう言った。
「……わたくし、いわゆる“悪役令嬢”なのですわ」
「設定が重たい!」
「悪役として破滅エンドに向かうのは、もううんざりですの……」
「異世界でそんなメタ発言できるのあんただけだよ!?」
少女は俺の手を握り、まっすぐ見つめた。
「ですので、お願いですわ……教師様──わたくしを導いて?」
「ええー!? 導く前に俺が迷子なんだけど!?」
──かくして、異世界の片隅で出会った追放教師と悪役令嬢。
不燃ゴミスキルを持つおっさんと、破滅フラグ女子の、異世界再生ライフが始まった──。