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指輪

フローライト第三十九話

明希は何の答えも出せないまま次の年の元旦を迎えた。


「あけましておめでとう」と明希が目を開けるとベッドの中で利成が言った。「おめでと」とまだ半分寝ぼけたまま明希は答えてから(あれ?)と気づいた。


(何か裸?・・・昨日、そのまま寝ちゃったんだ・・・)


こんな事初めてだと恥ずかしくなる。明希がベッドの下に手を伸ばしたりもぞもぞとやっていると、利成に「何やってるの?」と言われる。


「・・・下着とか、どこにいっちゃったかと思って・・・」と恥ずかしいので利成の方を見ないように言った。


利成が布団の中でもそもそと動いた後、布団をめくったので明希は焦って毛布を引っ張った。


「はい」と下着を渡される。


「ありがと」と布団の中でもそもそと履こうとしたら、利成が笑って「履かしてあげようか?」と言った。


「いい」と言って自分で履く。それからパジャマは?とベッドの下を見たら後ろから利成に引き寄せられた。


「まだこのままでいなよ」


「え、でも寒いし・・・」


「暖房きいてるでしょ?」


「そうだけど・・・」


実際このマンションは常に暖房もきいていて暖かなのだ。


「今度明希のヌード描かせてくれる?」と利成が冗談とも本気ともとれる言い方で言う。


「え、やだよ」


「何で?」と利成が楽しそうだ。


(もう、またすっかり立ち直ってる?)


昨日涙を見せていたのは何だったのかと思う。


「モデルは大変だから」


「そう?」と利成がじっと明希を見つめてくる。それから明希の頭に手を伸ばしてきて「やっぱり明希は可愛いね」と髪を撫でてくる。


(ん?)と思う。昨日何か、もしかしたらごまかされた?


「・・・利成・・・」


「ん?」と額に口づけられる。


「何かもしかしたらまた私、けむに巻かれたの?」


そう言ったら利成がきょとんとした顔をしてから「アハハ」と声を立てて笑った。


それを見て明希は余計に不安になって「あ、やっぱりそうなの?」と聞いた。そう言ったら利成がまた吹き出した。


「やっぱり?ひどい。私、真剣に聞いたのに」


「・・・明希」とまだ笑いながら利成が言う。それから「ほんと、明希って面白い」とまた笑いだした。


「ひどい!」と利成に背を向けた。


すると利成が背中から明希を抱きしめながら言う。


「明希、違うって。そういうので笑ったんじゃないから」


「じゃあ、何よ?」


「明希がほんとに可愛いからだよ。それに昨日俺が言ったことはすべて本当だから安心して」


(それも複雑・・・女性とのこともすべて本当ってことだもんね)


明希が黙っていると「今年もよろしくって言ってもいい?」と聞かれた。


(今年も・・・)


明希が黙っていると利成も明希を背中から抱きながら黙っていた。


翔太とのことも、利成の女性とのことも、何もかも確実なものはなく、答えもでないし約束もできない。


見える世界に心を飛ばすと、ただ彷徨い戸惑いやがてまた自分のところに戻って来る。


「利成・・・」と明希は言った。


「ん?」と利成が言う。


今見えている世界を確かめたい・・・その時に・・・。


「私、利成にそばにいて欲しい・・・だから今年もよろしくね」と言ったら利成が今度は黙っている。明希が利成の方を向くとただ利成が抱きしめてきた。それから「ありがと。よろしくね」と言った。


 


朝食にお雑煮を作っていたらラインが来た。


<あけましておめでとうございます。昨日は大丈夫だった?>と一樹からだった。


<あけましておめでとう。大丈夫だよ。一樹君のこともバンドから外さないって>


<そうなの?ちょっと驚いたよ。ほんとに?>


<ほんとだよ。何だかあっさり「わかった」って言ってくれたから、私も何だったのって思った>


<そうなんだ。でも、ありがとう>


「明希」と急に声をかけられた。キッチンの床にしゃがんでスマホを操作していた明希はびっくりして顔を上げた。


「ライン?」と利成から聞かれる。


「う、うん」とスマホを閉じた。


「一樹から?」とまったく平然とした表情だった。


「うん、あけましておめでとうのライン」


「そう。バンド外さないって報告した?」


「したよ。驚いてた」


「そうだろうね」とまた利成が楽しそうだった。


「何であっさり撤回したの?」


「さあ・・・」と利成が楽しそうな表情のままリビングに行った。


(もう、やっぱり何だか騙されてる気がする)


「やっぱり何かあるの?」と明希も利成の後を追ってリビングに行く。


利成はソファに座ってテレビをつけた。


「何かって?」


「一樹君のこと、外すって言ったのにまたすぐやめるって・・・」


「それは明希が頼んだからでしょ?」


「でも、いつもなら私の気持ちで変えたりしないでしょ?」


「そうか、変えたりしないと思いながら俺に言ったんだ」


「・・・だって、いつもそうじゃない」


「いつもとは?」


そう聞かれて、そうだ”いつも”って何だっけと考えた。


「・・・前の時もそうだったし・・・」


「前って?」


「・・・翔太の時・・・」


「それは今回と違うでしょ?」


「そうだけど・・・」


明希が黙ると、利成が「まあ、ちょっと考えてごらん」と言った。


「え?じゃあ、やっぱり何かあるの?」


そう言ったら利成が吹き出した。


(もう、また?)


「明希、昨日一樹のとこ行ったんでしょ?昨日も聞いたけどどうだった?」


「どうって?」


「一樹に告白されたでしょ?」


「・・・されてないよ」


「そう?じゃあ、俺がバンドから外すって言ってからはどうだった?」


「どうとは?」


「二人で盛り上がったでしょ?」


(え?)


「じゃあ、わざと?」


「さあ・・・」と利成がテレビに視線を戻す。


「利成?」


わざとってどういうこと?


明希は利成のそばまで行って座っている利成を見下ろした。


「利成って。わざと言ったの?」


「・・・・・・」


返事がない。明希は何だか憤慨した。そんな重要なことをわざと言うなんて・・・。そのせいで一樹はどんなに傷ついただろう。利成の隣に座ってもう一回聞く。


「何でそんな重大なことわざと言ったの?」


「明希、お雑煮大丈夫?」と利成に言われて「あっ」と慌ててキッチンに行った。


トースターで焼いていたお餅が膨れ上がっていた。(あーもう・・・)と出来上がっているお雑煮の汁の中にお餅を入れた。器に入れてダイニングテーブルに運ぶ。


「利成、いいよ。食べるよね?」と声をかけると、利成がテレビを切ってダイニングテーブルの方に来る。


「じゃあ、いただきます」と利成が言って箸を持つ。お餅を一口食べた利成に「どう?味」と聞いた。


「大丈夫、美味しいよ」と利成が言ったのでホッとして明希もテーブルについた。以前一度汁が濃すぎて失敗したことがあったので、それからちょっとトラウマだった。


「午後から俺の実家に行くよ」と食べながら言われる。そうだった、あの演奏会の時に今年は親戚が来るので来て欲しいと言われていたのだ。


「それは私も?」


こんな質問は無駄だと知りつつも聞いてしまう。利成の実家はとにかく苦手なのだ。


「そうだね」と平然と利成に言われる。


「もし、行かなかったら?」と更に食い下がってみると、利成が食べる手を止めて明希を見た。


「そうだね、俺だけで行こうか?」


(ん?)と思う。こういう時はいつも自分の言うことなんて聞いてくれたことないのに・・・。やっぱり昨日からおかしい・・・。でも、行かなかったら利成はいいけど、自分が利成のお母さんから絶対に何か言われるだろう。


「・・・ううん、例えばって話しで・・・行くよ」と明希が言うと、「そう」とまったく表情を変えずにお雑煮を食べ出す利成。


(もう、やだ)


「利成、何か昨日からおかしいよ?」


「何が?」


「利成が」


「おかしいって?どういうところが?」


「何か・・・変・・・」


明希がそう言うと、利成がちょっと笑った。


「そうだね・・・変かもね」


「私のせい?」


「そうかもね」


「じゃあ、言って。何だかモヤモヤするもの」


「モヤモヤ?」


「うん、私が悪いことしてるから、利成が変なんでしょ?」


「悪いことはしてないでしょ?」


「でも、してるから利成が変なんだよね?」


「明希に映る俺がね、どうも理解不可能なだけだよ」


(また、意味不明なことを・・・)


「もう、利成の言うことが私には理解不可能」


そう言ってふくれて見せると「ハハ・・・そう?」と利成が笑った。


 


「あけましておめでとうございます」と挨拶をして利成の家に入ると、たくさんの親戚がいて驚いた。何人かに会ったことはあったが、こんなに大人数は初めてだ。


「驚いた?ほらあなたたち結婚式もしてないでしょ?なかなかあなたたちをお披露目するのもできないまま何年も経っちゃって・・・こういう機会にね、来れる人だけ集めたのよ」と利成の母が言う。


(えー・・・先に言って欲しかった・・・)


それならそれで心づもりがあるのにと明希は思う。


利成の母や親戚の女性陣がキッチンで色々としているのに、明希だけ座ってるにもいかずキッチンに行って手伝った。来なかったら大変なことになっていたと胸をなでおろす。


利成は親戚たちからの大注目を浴びて、あれやこれや質問されていた。


話が結婚式の話になって「今からでもしたら」と利成の母方の伯母が言う。


「え、結婚指輪もないの?」と驚く一同に「必要?」と涼しい顔で利成が答えている。


「だってあれあるでしょ?芸能人は婚約とかの時に指輪を見せびらかすじゃない?」と伯母達や利成の従姉妹ら女性たちが言う。男性陣は口を閉ざして曖昧に笑っていた。


「明希さんが可哀そう」と従姉妹が言う。


(あー・・・でも、指輪ならたくさん買ってもらってるし・・・)と明希は思った。


「利成、やっぱダメだよ。結婚式もしてないって明希さんが可哀そう」と女性たちがうなずく。


「今からでもしてあげて。あと、結婚指輪とね」と女性陣が盛り上がっている。


「ウェディングドレスは女性にとっては夢でしょう?」と伯母が言う。


明希はあまりそういうことを考えたことがなかったので、そうなのかな?とちょっと首を傾げた。


「明希さんもそうでしょう?」と聞かれる。


「え?・・・えーと・・・」と言葉が詰まった。


「明希さんは利成に遠慮してるからね」と利成の母が言う。


「そうなの?」と他の親戚達が明希に注目した。


「それじゃ、利成がちゃんとやってあげなきゃ」と女性たちが熱くなる横で、男性陣はお酒を飲みながら別の話を始めているようだった。


「でも、ほんとに内輪だけで結婚式もいいかもね」と利成の母まで言いだした。そして「どう?利成?」と聞いている。


さっきから何も言わずにいた利成が特に表情も変えずに言う。


「さあ、どうっていわれてもね」


「何よ?」と利成の母が言う。


「やりたいのは俺たちじゃなくてここにいる女性たちなんだから答えようがないよ」


「あら、明希さんはやりたいかもよ?それに結婚指輪もないんじゃ確かに可哀そうよ」と利成の母が言ってから明希に「そうでしょ?明希さん」と聞いてくる。


「え・・・と・・・」とこっちも答えようがない。困って利成の方を見た。利成は気が付いているくせに素知らぬ顔をしている。


(もう・・・)


正直特に結婚式がしたいなどと思ったこともないし、結婚という証のための指輪も欲しいとは思ったことがなかった。でも、普通は思うのだろうか?


「あの、指輪はたくさん素敵なの買ってもらってて・・・それで十分ていうか・・・」と明希が言うとチラッと利成が明希の方を見た。


「そうなの?明希さんてほんとに欲がないのね」と利成の母が言うと、他の人から「でも、式はどうなの?」と聞かれる。


「式・・・ですか・・・」とちよっと困る。「私は特には・・・」と答えると女性たちからため息がこぼれた。


「利成からなら何でも手に入るでしょうに・・・もったいないのねぇ・・・」と一人が言うと、利成が急にフッと笑った。


「ちょっと、利成。何がおかしい?」と女性たちが不服そうに利成を見た。


「いや、おかしくないよ」と利成が笑いをかみ殺していた。


 


夜になり親戚たちの数人は利成の実家に泊まり、その他の親戚たちはホテルを取ってあるからと利成の家を出て行った。利成と明希も表に出て車に乗り込んだ。


「じゃあ、利成、また来なさいよ」と利成の母が言い、その後ろから利成の父もこっちを見つめていた。


「明希さんもね」と笑顔で言われて「はい」と明希は答えて頭を下げた。


利成が車を発進させて明希が後ろを振り返ると、利成の母と父が親戚たちに挨拶をしているのが見えた。やれやれとシートに身体をうずめてホッとする。


「お疲れ様」と利成が明希の様子を見て言った。


「利成も」と明希は笑顔で答えた。


「俺は全然疲れてないよ」


「そうなの?」


「そうだよ」


「そっか」と明希は目の前に積まれているCDをガサゴソと探した。


「何かかけるの?」


「うん、何がいい?」


「何でも」


明希はCDを一枚選んでオーディオにセットした。利成の好きなバンドの曲だった。


「明希、本当は結婚式したい?」と利成が言った。


「んー・・・したいとは思わないけど・・・」


「そう」


「利成は?」


「結婚式は女性のためのものでしょ」


「そうかな?男の人はまったくそんな気持ちないの?」


「人によるだろうね」


「そうなんだ、利成は?」


「したかったらしてるよ」


「そうだよね」と明希は少し肩をすくめた。


「指輪、欲しかったら買ってあげるよ」と利成が言う。


「指輪ならいっぱいあるよ」


「・・・結婚指輪、明希はほんとにいいの?」


「結婚指輪も普通の指輪も同じじゃないかな」


「どうしてそう思う?」


「んー・・・利成と暮らし始めて色んな事があって思ったんだけど、戒めや約束事って要らないっていうか・・・そういうことを利成が今まで一度も言ったことがなかったでしょう?」


「・・・そうだね」


「上手く言えないけど、そういうのってもう一つ利成の言うフィルターを作るって言うか・・・フィルターが増えれば利成との距離が逆に遠のいちゃう気がする・・・」


「・・・・・・」


「違うかな・・・」と明希は利成の横顔を見た。


「明希・・・」


「ん?」


「随分いい女になったね」と利成が前を向いたまま言った。


「そう?」と明希は利成の横顔を見つめてからフロントガラスに視線を戻した。少し雨が降って来たようだった。


だけど最近本当にそう思うのだ。利成の影響なのかな・・・。


 


利成がシャワーを使っている間、寝室でツイッターを開いてみた。色々あって最近開けてなかった。


<返信がないけど、何かあった?>と三日前にメッセージが入っていた。


<ごめん、利成にバレたの。会ってたのが。こないでテレビ局の近くで会った時、誰かに見られたみたい>


一度トイレまで行って戻ってくるともう返信が来ていた。


<今、ちょうど開いたよ。気が合うね(笑)そうだったんだ。気が付かなかったよ。俺のせいだね>


<翔太のせいじゃないよ。たまたまね。あの日、利成も同じ番組に出たでしょ?>


<もう会えない?>


<しばらくは無理かも・・・>


そう考えたら寂しくなった。何なんだろうこれは。


<そうか、このツイッターは大丈夫?>


<ん、多分・・・でも、ツイッターじゃない方がいいかな>


<じゃあ、Gメールとかはどう?>


<うん、それの方がいいかな>


<じゃあ、後でアドレス送っとく>


<うん、わかった。もう切るね>


 


(あー・・・)とスマホをベッドの横のサイドテーブルに置く。


こっちは全然解決してなかった・・・。


──  明希さんはお茶だけかもしれないけど・・・夏目さんはそうじゃないよ・・・。


一樹がそう言った。それはわかってるけど・・・。


寝室から出てリビングに行っても利成がいなかった。


(仕事場・・・かな)


何となく階段を上って利成の仕事部屋の前に来た。掃除以外で入ったことはなかったけど・・・。こないだクローゼットで、利成の過去のアルバムや何かを見てしまったことを思い出す。


ノックしようとして利成が何か喋っていることに気づいた。


(電話かな・・・)


すぐ戻ればよいのについ聞き耳を立ててしまう。あーやっぱり、こっちもまったく解決していない。


「そう・・・ん・・・」と相槌を打つような言葉しか聞こえない。でも明希はその場から動けなかった。


(バカ、私・・・早く降りなきゃ)


正直に話してくれたけれど、これからはもうしないなんて約束はしていない。さっき自分から約束なんてしない方がいいなんて恰好つけてこれなんだからと思う。


(やっぱり、無理なのかな・・・)


「そんなことないけどね・・・・・・ごめんね・・・」


急に利成の声が聞こえた。明らかに仕事ではない話し方だった。明希は一歩後ずさった。踵を返し階段の方に行く。


──  誰かと”寝た”だけ。それ以外の人はいない・・・。


利成は心を奪われてないのだからと言いたいのだろうか?自分は翔太とのこと、セックスはしていないのだからって利成に言っている・・・。


(バカみたい・・・恰好つけてもこうやって許せない思いばかり・・・)


バカみたい・・・寝室に向かう途中涙が出て来た。今朝一緒にやって行こうと思ったばかり・・・許せると思ってた・・・。


(でも、これからも続くのならもう無理だ)


三十分ほどして利成が寝室に入って来た。


「明日、仕事だけどそんなに遅くならないから」と言いベッドに入っている。


「わかった」と明希は返事をした。ベッドには入らずにぼーっとしていると「寝よう」と言われた。


「うん・・・」


ベッドに入ってからつい利成に背を向けてしまった。もうこんなんじゃまったく振り出しに戻っている。利成は何も言わない。ただ背中にくっつかれて腕を回してきた。


「何かあった?」と聞かれる。


こうやって背中なんて向けたら気づかれて当然なのに、自分ってやっぱりバカだと思う。


「・・・何も」と答えてしまう。こういう時普通に聞けばいいのだ。さっき誰と話してたの?と。


「何もないのに背中向けるの?」


「たまたまで、意味はないよ」としょうもないことを言ってしまった自分に心底うんざりした。


「明希、今度から小さな不信感でも言うことにしよう」と言われる。


「・・・・・・」


「その小さな不信感は結構明希のフィルターに影響するからね。言ってごらん?」


「・・・・・・」


「明希?」


「さっき約束とかしない方がいいみたいなこと言っちゃったけど、それは本当にそう思うんだけど・・・」


「うん・・・」


「利成は正直に話してくれたけど、今後しないとは言ってなかったから・・・」


「そうだね」


「だから・・・それがやっぱり無理・・・かも」


「約束する?」


「約束したってあまり意味ない・・・」


「約束をすれば少しは明希の安心にはなるのかな・・・でも、基本的には明希の言う通り意味がないね」


「うん・・・」


「じゃあ、どうしようか?」


「・・・その前にね、昨日話してくれた時、”寝ただけ”ってわざわざ最初に断ったのは何で?」


「気持ちまで別なところにあるって思ったら明希がもっと傷つくと思ったからだよ」


「じゃあ、私の気持ちが他の人にもあって、だけど身体は絶対そっちにはいかないとしたら?それは利成は傷つくの?」


「そうだな・・・傷つくかな」


「利成は絶対その女の人に心奪われなかったって言えるの?」


「言えるよ」


「どうして?気持ちもないけどできるの?」


「できるよ。気持ちは関係ないよ」


明希は寝返りをして利成の方を見た。


「それは嘘?」


「嘘じゃないよ」


「・・・・・・」


「未来の保障はないし、約束は意味がない。明日にはまた別な人とするかもしれないし、明希もお茶だけがいつかそれ以上に進むかもしれない・・・明日に安心を求めるのは狂気だよ」


「・・・・・・」


「”信じる”っていうのは約束と同じで”裏切り”がそのカードの裏側の言葉だよ」


「じゃあ、どうしたらいいの?いつも疑心暗鬼で疑ってばかりは辛いよ」


「そうだね。言葉も本当かどうかなんてわからないからね。だから言葉の中に信頼を得ようとすれば、逆に失うこともあるだろうし、それは辛いことだよね」


「・・・そうだよ・・・もう利成のこと信用できなくなっちゃったんだもの・・・利成を失っちゃった気がする・・・」


「そうか・・・明希が俺を信用している時の俺も、疑うようになってからの俺も、俺自身は変わらないんだよ。明希が信用してたんじゃなくて知らなかっただけだよ」


「知らなかった・・・?」


「そう、知らなかったんだから信用も何もないよ。意味わかる?」


「よくわからない」


「・・・じゃあ、まずね、明希は最初に俺がそういうことするかもしれないと思った?」


「思わない」


「だとしたら明希には最初から選択肢はないよね?俺が他の女と寝るかもしれないっていう考え自体がないわけだから」


「そうだけど・・・」


「明希の考えの”俺”がまずいるわけだよ。そこに積み上げていけば目の前の俺からはどんどんずれていく一方なんだよ」


「・・・だとしたら、利成の考える”私”もいることになるよね?それも目の前の私とはずれてるかもしれないってこと?」


「そうだね。でも、俺の場合はね、あんまり”こうなんだからこうだろう”っていうのが少ないんだよ。昨日話した全体が見えるって話し覚えてる?」


「うん・・・」


「つまり俺自身のフィルターからある程度自由になれるってことなんだよ。そうすれば相手のことも自然に見えてくる」


「じゃあ、私のこと見えてたの?」


「見えてたよ」


「どんなふうに?」


「そうだな・・・じゃあまず、夏目の話にしようか?」


「うん・・・」


「まずね、明希は夏目と連絡を取ってるでしょう?今も」


「・・・・・・」


「当たってる?」


「・・・うん・・・」


「何でわかるか?明希の中に入れるから」


「何?中に?意味がわからないよ」


「よく言う相手の立場に立つって言うのはね、あくまでも自分のフィルターから見て言ってるんだよ。でも俺は自分のフィルターを通さないで相手の目線に立つことで、おおよその相手の気持ちが見えるわけ」


「・・・・・・」


「全体を見るってそういうことだよ」


「まったくわからないよ。それが相手の立場に立って考えるとどう違うの?」


「んー・・・そうか・・・難しいな・・・」


利成が考える風な顔をした。


「でも、要するに利成には私の考えてることがわかるってことだよね?」


「そうだね」


「だから連絡取ってるって思ったんだよね?」


「そうだよ」


「だけど私は利成の気持ちがまったくわかっていなかった。ていうか、知らなかったから信じるも何もない状態だと・・・」


「そうだよ」


「わかるけど・・・何だかまたけむに巻かれたような?」


「ハハ・・・そう?それはないから安心して」


「何だか信じられないって私の話からずれていってない?」


「そう?そんなこともないけど」


「連絡取るものやめて欲しい?」


「そうだね」


「何で?心だって奪われてないし、身体の関係でもないし・・・」


「さっきの話し。全体を見れるって・・・つまり二人の気持ちが見えるわけ」


「二人って・・・私と翔太の?」


「そうだよ」


「どういう風に?」


「・・・夏目は完全に身体目当てでしょ。明希は身体と心かな・・・」


「私まで身体も?」


「そうだね、明希は夏目に抱かれたがってるんだよ」


「・・・・・・」


「どうしてもあの当時のトラウマを埋めたいみたいだね」


「そんなことない」


「あるよ」


「・・・・・・」


「話し戻すね。それでどう信じるかだよね。明希も俺の立場に立ってみて」


「立場にたってもわからないよ」


「わからないのは本当の意味で俺の立場に立ってないからだよ」


「・・・よくわからない・・・」


「そうだな・・・」と利成がしばらく天井を見つめる。


「私に利成の考えてることを知るのは無理なことだよ」と明希は言った。利成の方が一段も二段も上にいるというのにどうやってわかればいいのか?そう言ったら天井を見つめていた利成が明希の方を見つめた。


「じゃあ、もっとシンプルに行こうか?”今”に集中して考える」


「今?」


「そう。明希がこの話を思ったきっかけは何?何かあるでしょ?」


「・・・・・・」


「突然俺に背中を向けた理由は何?」


「それは・・・」


(立ち聞きしたとは言いづらい・・・)と明希は口ごもった。


「いいよ。何でも言って。大丈夫だから」と利成が優しい笑顔を明希に向ける。


「・・・・・・聞こえちゃったの・・・」


「何が?」


「声が」


「声?俺の?」


「うん・・・二階で・・・」


「・・・・・・」


利成がちょっと考えるように目線を上の方に向けた。


「もしかして電話の声?」


「そう・・・」


「そういうことね」と利成が笑顔になって明希の頭を撫でた。


「やっぱり明希は可愛いね」と更に明希の髪を撫でつけてくる利成。


(また、バカにしてる・・・)と少し膨れた。


「あれはね・・・和花ちゃんだよ」


「え?和花ちゃん?」


「そう」とおかしそうに利成が言った。


「何で和花ちゃんが利成の電話番号知ってるの?」


「店のスタッフには仕事用の番号教えてるよ」


「あ、そうか・・・でも、何で?和花ちゃんから?」


「何か彼氏に振られたとかで話がしたいって・・・」


「彼氏って・・・前に言ってた?」


「そうだよ」


「振られたの?」


「喧嘩したみたいだよ。俺に相談したいって言われたけど断ったよ」


「断ったの?」


「そうだよ」


「どうして?振られたんでしょ?ちょっと可愛そう」


「そう?でも考えてごらんよ」


「何を?」


「何で俺なの?」


「だから何?」


「相談したいっていうのが何で俺なのかだよ」


「それは和花ちゃんが利成のファンだからじゃ・・・?」


「そうだね、ファンだけならいいけどね」


「何かあるの?」


「以前にここに和花ちゃんが来た時に教えたでしょ?」


「・・・和花ちゃんが利成をどうこうって話し?」


「そうだよ」


「そう言う意味で相談なの?」


「そうだよ。俺にはその気はないからね」


「でも何で?」


「何が?」


「和花ちゃんとはその気はないの?」


「ないよ」


「ふうん・・・」


何だかよくわからないな・・・と思う。もしかして女優さんとかモデルさんとかそういう人じゃないとする気になれないとか?


「明希、何か考えてる?」と利成に聞かれる。


「・・・何かよくわからない・・・」


「何が?」


「利成のことが・・・」


「そう?でもほんと俺は単純だよ?」


「・・・・・・」


「・・・じゃあ、今回のことは解決だよね?」と利成が言った。


「解決してないよ、まったく」


自分はやっぱり許してないし、翔太のこともまだはっきりできなかった。


「そうか・・・じゃあ、どうしようか?」


利成の手が明希の頬に触れる。信じるって何だろう?これは裏切りの裏面に過ぎないのでは?


「どうもできないし・・・」と明希は利成を見つめた。


利成も明希を見つめてくる。自分のフィルターから出て利成の中に入れたら、きっと利成がわかるんだろうけど・・・。


「そうだね・・・」と利成が口づけてくる。


何回か口づけた後に利成が言った。


「何か明希、最近色っぽいね」


「何、急に?」と利成を見つめたら「それに何だか反抗的だね」と笑いながら利成が言う。


「反抗的?」


「そう、挑戦的?」


「そんなことないよ。だって利成には絶対勝てないもの」


「そう明希が思ってるだけだよ」


「そうかな・・・」


何だか話があやふやなまま終わってしまった。激しい嫉妬心は燃え尽きる前に中途半端に鎮火されて、またくすぶり続けてしまう。


でもそもそもどうしてこんな感情があるのだろう・・・?自分だけのものにしたいとどうして思うのだろう・・・。


不思議な気持ちがした。みんな”当たり前すぎて気づかない”感情の源泉へ・・・手繰り寄せた先には何が見える?

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