*第三十八日目 六月十八日(水)
カラオケの歌声で寝付きの悪かった翌朝は、六時起床。
開けっ放しの窓からは、今度は雨の音。朝から結構な降り。少々ガッカリ。
とりあえず洗顔。朝食は六時半からなのだが…ここのところ、行程のきつい日が続いていたし…ここのところ、連日飲んでいたし…ここまで来たら、もうアセる事もないし…で、『準備は食後でいいや』と、三十分前まで寝ていた訳。
食事のために下に降りると、ちょうどユキちゃんとTさんが靴を履いている。
(食堂へは、玄関前を横切るかたちとなる)。
二人は、通常六時半からの朝食を早めてもらっての出発。こちらは本日、遍路コースから外れ、「金比羅山」に向かう。いよいよ二人ともお別れだ。
ビニール合羽の破れていたユキちゃん。もう山道も無いので、まだ湿っていたが、白のビニール合羽をあげる。Tさんと握手。二人を見送ってから食堂へ。昨晩も今朝も、食事の内容はよく憶えていない。
準備を整え、もう皆が出払った七時半過ぎに部屋を出る。
玄関先では、愛想の好い若干年上と思われる女将さんが、ワンちゃんをグルーミング。太目のワン子。お寺の犬だが…お寺で飼っているのか、ただ住み着いているだけなのかは不明…よくここに来て横になっているという。
「仙台四朗」ではないけれど、純真無垢な者が寄り付く所は繁盛するもの。
(和服におむすび顔。「仙台四朗」とは、江戸末期の生まれ。明治初期にかけて実在した人物。生家は裕福な仙台・伊達家の「御鉄砲屋方職」。しかし、幼い頃の水難で脳に障害を負う…が、「彼が寄り付く店は繁盛する」との評判から、彼の写し絵や置物が「商売繁盛」の縁起物として販売されたそうだ。今でも、「宮城」・「福島」などの東北方面ではよく目にする)。
正門の方角を聞き、御礼を言って出発。背中に荷物もあるので、ポンチョを被って傘を差す。
お寺の外縁を回って正門へ。
《第七十五番札所》
「五岳山 善通寺」
本尊 薬師如来
開基 弘法大師
宗派 真言宗善通寺派総本山
「屏風浦五岳山誕生院総本山善通寺」と称し、「真言宗善通寺派」の総本山。
「弘法大師」自らが建立した、真言宗発祥の根本道場。「紀州―高野山」「京都―東寺」と並ぶ、大師「三大霊跡」の一つ。
大師御誕生の地は、現在の御影堂の場所と云われている。
そこの地下に、84メートルの暗闇を壁伝いに歩く「戒壇めぐり」がある。
(大師誕生の地については、ここと、北隣の「多度津町」の瀬戸内沿い、番外霊場にもなっている「経納山 海岸寺」の二説がある。文化十三年(1815)、「嵯峨御所」からの「御理解書」によると、「善通寺を誕生所」「海岸寺を出化初因縁の霊跡」と命名している)。
南面の正門を入った正面が本堂。そこに参って西へ。
広い敷地の間には、細いが一般道も通っているし、塔もある。
屋根付き回廊の先に、大師堂。お参り後、あたりを少々ウロウロ。
今日はこの後、ガイド・ブックからは切れている「金比羅山」のある「琴平」に向かうのだが…昨日この地に到着した頃には曇り空。そして今日はこの天気。太陽を拝んでいないし…道も結構入り組んでいたし…方向感覚はすっかり狂っている。
縮尺の大きな道路地図で、大まかなルートは思い描いてあったが、自分の置かれている状況をわかりやすくするため、いったん正門へ戻る。
そこに、ちょうどナオちゃん。昨日まで、「こんぴらさん」の「こ」の字も知らなかったナオちゃん。「出釈迦寺」で話をした時、その話題に及び、行く気になったらしい。
こちらの推察によれば、正門からまっすぐ向こうに見える道を、左に行けば良いはずだ。そこから、「国道319号」に斜目に合流する県道に入るつもり。でも、確かではない。
ナオちゃんには、その先、東の方角にあるはずの国道に出るのが間違い無いとアドバイス。それぞれに歩き出す。
正門の前を出発し、カギ型になった道を直進。
そこから先は、歩道もある広い道。しばらく歩くと、片側二車線になる。朝の通勤時間帯。かなりの通行量。左側は、自衛隊の「善通寺 駐屯地」。敷地内には多数の自衛官。
その先に、大きな交差点。直進の道も続いていたが、すぐ先で霞んだ山に登って行くような道。道路標識には、方面の記載が無い。
『何か違う…』
目指す県道ではなさそうだ。そこで、信号で向こう側に渡ってから左折。
渡った先も自衛隊の敷地。展示用なのか、戦車や装甲車が見える。
(こういった物、嫌いではない。否、むしろ「男の子の中の男の子」。今でこそ「平和主義者」だが、その姿態やメカニズムに、単純に『カッコイイ』とシビレてしまう)。
チラチラと目を遣りながら進む。
その敷地が切れる頃、道はY字路。広い道は左方向に逸れて行く。ほぼまっすぐに向いている道は、そこから少し細くなり、すぐ先で、さらに二股に分かれている。方角的には、そこの右道。見当を付けてそちらへ。だいたい良い方角だと思うのだが…。左側の歩道を行く。
小さな山の上りに掛かった所で、開店前の商店の軒先に入って缶コーヒー。ガイド・ブックを引っ張り出しているところに、ナオちゃん登場。手前の民家前で、バイクの暖機をしていたおにいさんに道を尋ねたようだ。こちらに「こっちでOK」の合図を残し、スタスタと歩き去る。“It’s very NAO-chan”.「いかにもナオちゃん」って感じ。
その先には、小さな峠。道は狭いが、一応歩道があったので、こんな雨の日の傘差し歩行でも安心。左側歩行でそこを過ぎれば、大きく開けた水田地帯に出る。
前方に国道と思われる道が見えてくるが、手前に「こんぴら道」の石柱。それに従い右折。旧道沿いの集落へ。すぐ左手に、線路(土讃本線)に沿った国道(319号)。このままこちら側でも行けるのかもしれないが…少々不安。そこで踏切を渡り、国道へ。向こう側へ横断し、空き地で立ちション。
ここからは、国道左側を歩く。歩道もある直線部の多い道。あとはこの道を一直線。方角的には、ほぼ真南のはずだが…平地に出てもこの天気。前方の視界は良くない。
やがて、「琴平駅」への分かれ道。そこに至る頃には、いったん雨が上がった曇り空。傘をたたみ、ポンチョの裾を巻くり上げ、ザックの下に挟み込む。ポンチョはウインド・ブレーカー代わり。こうした方が、脚と触れ合わず歩きやすい。
国道を右に逸れ、線路を渡る頃は午前十時。
間もなく…こんぴら ふねふね お舟に揺られてチュラ・チュチュ…「こんぴら参り」で有名な「琴平」の温泉街に入る。
かなりの規模の観光地。こんな天気の平日なのに、人出も多い。でも、『ここの空気、嫌いじゃないな』。徒歩で入ったから、余計にそう思うのだろうか? 今までに経験した事の無い雰囲気。
『これほどの規模で、神社仏閣などの神聖な場所と、温泉ホテルなどの観光地がくっついた場所、他にあっただろうか?』
それに、各地に有名な観光地・温泉街はあるが…たとえば「道後温泉」などは、「松山」市街地の一部。それほど大きいとは感じなかった。でもここは、田園地帯の中に突如現れる…といった感じ。「砂漠に忽然と現れるラスベガス」(実際に行った事はないが…)。そんな光景を夢想しつつ、街並にはいる。
その一角、こういった場所には似合わないコンビニで、飲物と食料購入。
「参道」の看板に従い、右手の山方面へ。しかし、あいにくの空模様と、林立する建造物に遮られ、全体像はつかめない。
少し先から石段が始まる。
両脇には延々と、お土産物屋が続く。中でも目を魅かれたのは、名物・特産品の類いではなく…「三度笠」に「マント」や「刀」。
…古いおもちゃの置いてある店先には、ベンチに腰掛けた「矢吹ジョー」。
(全高数十センチの「あしたのジョー」フィギュア。あの有名な最終回のラスト・シーン。「ホセ・メンドーサ」との試合を終え、コーナーのベンチに腰掛けた姿だ)。
…とあるおみやげ物屋さんの店先には、「二十五万でお嫁に行きます」と書かれた、「七五三」用と思われる着物を着た、大きな「ペコちゃん」人形。
…などなど、一日ゆっくり見たいくらいだが…と途中に、かご屋のカゴ。本格的なカメラ機材を抱えた人垣の中心には、籠に揺られた某ブリッ子女優。
(「ブリッ子」なんて、今では完全死語?)。
何かの撮影のようだ。このあたりから、再び雨が激しくなり、傘を差す。
ここの階段もかなりあった。
雨と汗でビショビショになり、頭がクラクラしてくる頃、改装工事をしている拝殿・本殿へ。
山の頂なのかは不明だが、とにかく目指すてっぺん。
雅楽が奏され、何かやっているようだ。
景色も、天気が良ければ最高なのだろうが…高度が上がるにつれ、一段と激しさを増した雨に、遠望はまったく無し。
ここにもナオちゃん。
「奥之院」までは片道十~二十分。こんな天気だし、もうヘトヘトだし…で、お互い止める。
こちらは、少し下った所にある休憩所へ向かう。奥のドアから出て、雨の吹き込まない屋外のベンチに腰掛け、パンを食べたり大休止。展望所のようにもなっているのだが、こんな天気では誰も出て来ない。そこで、ついでにTシャツも着替える。
霧の掛かった景色を眺めた後、『さて下りよう』と中をのぞくと…遠足風の、中学生の女の子の団体。その中に、先ほど下に向かったはずのナオちゃんの姿。「珍しく、くつろいでるじゃない」と、靴を脱いで座っているナオちゃんに声を掛けると、「さっき、ユキちゃん達とスレ違って…」。何かの博物館の割引券をもらったとかで、一緒に行こうと誘われたのだそうだ。
ユキちゃん達、ここには来ないで、先に行っているものと思っていたのだが…人目に付かない屋外で休憩している間に、上に行ってしまったのだろう。とにかく、一人で先に下る。
途中、店先でお茶を出してくれたお茶屋さん。「栃木から来た」と言うと、お茶を接待してくれていた男性店員さん、「アレ!」といった顔付きになり語るには…数年前、ここにこの店を出した社長さんは、よくよく聞けば、こちらと同郷。それも、すぐ北隣りの町内の人だそう。「日光江戸村」や「群馬」の「草津温泉」にも店があるそうだ。おみやげを買うには良さそうなお店だったが、何しろ歩き旅。それに、どちらにしろ本日は、この後どこかで銀行に寄らなくては、現金の持ち合わせはあまりない。
そこからは、一気に下まで。
麓まで降りれば、雨は小降り。以降、終日「降ったり止んだり」の空模様。
時刻は十一時。およそ一時間で、「こんぴら参り」を終了する。
そこからまっすぐ「琴平」の街のアーケードに入り、その先も道なり直進。
やがて広い道に出る。この道が「国道319号」だと思うのだが…自転車で配達をしていたおばさんに尋ねると、「この道まっすぐ」で正解。左を向いて歩き出す。
跨道で鉄道を越え、先へ。国道だが、先ほどの分かれ道付近まで、路肩があるのみ。ちょうど分岐右側のガソリン・スタンド前で、昨晩同宿・夕食で同席だった女の子とバッタリ。そんな風には見えなかったが、合羽を着て歩いているところを見ると、歩き遍路さんだったようだ。軽く笑顔でスレ違う。
そこから、往路で国道に合流した地点までは戻り道。復路はそのまま国道直進。「善通寺」市内方面を目指して北進。途中一度、店をたたんだレストラン脇で立ちションした以外、延々と歩き続ける。相変わらず直線部の多い単調な道。ただ、退屈だが平坦路。黙々と歩いていたので、距離は稼げたと思う。
やがて、先の分岐から5キロも行けば、「善通寺」の市内に入る。そろそろお昼&休憩を…と思っていたのだが、なかなか良い場所がない。
次のお寺へは、交差する「国道11号」に右折で入る。片側二車線の広い道。
へんろコースは、入って間もなくの所を横断し、細い道に入るのだが…道は郊外へと向かっている。このまま進んでしまうと、しばらく食事ができる所は無さそうだ。見渡せば、国道の少し先に「うどん」の看板。遠回りにはなるが、背に腹はかえられない。コースを外れ、そこを目指す。
道沿いに建つ、大きな店舗の「讃岐うどん」屋さん。時刻は昼時「十二時半」。かなり混雑していたが、座席数は多いし、特にこんな雨の日には、かえって気を遣わなくて良い。
(Tシャツとズボンはビッショリ。外れの長テーブルでコッソリ着替える。靴の方はそれほどでもないので、雨より汗の量が多いのだろう)。
うどんは「中(二玉)」を「ざる」にしてもらい、おにぎり二個と、イカとエビの天ぷら各一個。
続くお寺までは1キロ前後。食後は、少しノンビリ食休み。
(大きな店舗に、そこそこの人の入り。貧乏性な人間には、こういった場所や状況の方が落ち着ける)。
そこを出て、遍路道入口まで戻らず、見当を付けて右方向の住宅地へ入って行くと…「四国のみち」の石柱。ここからコースに合流。
車がスレ違えないような狭い道を抜け…途中、疲れのためか記憶が飛んでいるが…正面にお寺が見える集落に入る。
時刻は一時半。次のお寺に到着だ。
《第七十六番札所》
「鶏足山 金倉寺」
本尊 薬師如来(伝 智証大師作)
開基 和気道善
宗派 天台宗寺門派
宝亀元年(774)、長者「和気道善」が開基。当時は「道善寺」と号した。
唐から帰国した「弘法大師」が堂塔を建立。
延長六年(928)、「醍醐天皇」の勅命で号称変更。
建武・永正・天文の兵火で焼失・荒廃。
寛永末期に、讃岐の大守「松平頼重」により再興される。
正面山門は工事中のため、門自体が無い。左に回って、駐車場側から境内に入る。
人の姿もチラホラ。先ずお参りを済ませ、土間だが屋根付きの休憩小屋へ。「接待所」とあるが無人。つい今しがた休憩したばかりだが、「金比羅宮」からのノン・ストップ歩行が結構効いている。それに本日の宿は、もう一つお寺を経て8キロほど先。「丸亀」と決めてあった。大きな街なのでビジネス・ホテルくらいあるだろう…と、今度は人目を気にしなくてよい場所で、靴を脱いでリラックス。
一息入れた後、空になったペット・ボトルをゴミ箱に入れたり、ザックの中を整理していると…。
『アレ?』
ユキちゃんが現われて、こちらに向かって手を振っている。
続いてナオちゃんとTさん。前の二人とは対照的にTさんは、昨日「弥谷寺」に着いた時のように、少し荒い息で…
「こん人が、アンタに会いたいもんじゃから、急に『こんぴらさん』行きたい言い出しよるけ~」
との事。
『マジ?』
昨日もそんな風に言われたけど…
『マジでユキちゃんが?』
だって俺なんて『四十過ぎのハゲおやじ。地位も名誉も金も無く、見ている夢もしぼみがち』。年相応なものなんて何も無い、つまんない男だよ。
『こんな男、気に入ってくれる娘なんているわけない』
だからここ数年、誰にも本気で関心抱いた事なんて無かったんだから…。
そのユキちゃん、朝あげた合羽はちょっと短か目。
荷物整理ついでに、Tさんにはテーピング・テープとバンド・エイドの残り、ナオちゃんにはポケット・ティッシュ残り三個をあげる。
(ユキちゃんに消炎スプレーをあげたのは、夕べの事だったか?)。
そこからは、四人で4キロ先にある続く七十七番を目指すが…すぐに接待所。その前にいた坊主頭のおじさんに、一同呼び止められる。町工場の入口に建つ建物の一角が、お遍路さんに開放されている。善根宿にもなっており、このおじさんはここに居候して絵を描いているそうだ。
各々セルフでインスタント・コーヒーを頂く。紹介された社長さんと奥さんは、こちらより少し年上と思われる。こちらの代表者は、話好きなTさん。最後にユキちゃんとカップを洗い…ナオちゃんは今晩ここに泊まる事にし、荷物を置いて…一行出発。
最後尾に着くが、ほど無く今度は、昨晩同宿だった「大分」のおにいさん。左側の民家の軒先に座り込んでいる。辛そうな顔をしているが、体調が悪いばかりではないのだろう。先ほどの絵描きのおじさんと「話がしたい」と、先ほどの善根宿に戻ると言う。ナオちゃんが話し込んでいたが、Tさんは歩き出す。この時点ではまだ、次の次のお寺まで行くつもりでいたようだ。ナオちゃんも、すぐに追い付いて来た。
時間はちょうど、小学校の下校時間。黄色い帽子を被った小学生の群れに巻き込まれる。最後の最後になってペースを上げるTさんには、今日も閉口。
『どうせこちらは丸亀まで』
五~六人いた男の子達に学年を聞くと、「六年生」だと言う。ずっと会っていない娘と同じ年。
(こちらにだって、色々と言い分はあるが…まあいい、止めておこう。「男のグチ」は見苦しい)。
大きな子もいるが、小さな子もいる。わかりづらい四国弁の子供達に紛れて、お喋りしながら歩く。前の三人とは徐々に差が開くが、構わずマイ・ペース。
最後の一人と別れる頃には、お寺まで数百メートル。まだ三人は見える距離。そんなこんなでお寺に到着。
《第七十七番札所》
「桑多山 道隆寺」
本尊 薬師如来
開基 和気道隆
宗派 真言宗醍醐派
当地の領主「和気道隆」が創建。その名が寺名となる。
後年、「弘法大師」が本尊を安置。
それほど大きなお寺ではない。皆に合わせ、雨で濡れていない本堂脇の軒下に荷物を降ろしてお参り。
こちらはサッサと終わるので、お寺の入口前にあるおみやげ物屋さんへ。店先の自販機で缶コーヒー。喉を潤す。
その後、本堂裏にいたワンちゃんに少しチョッカイ。納経所正面に屋根付き休憩所がある事に気づき、そちらに移動。
Tさんは荷物を担いでいたが、時間も時間。
(はっきりと控えていなかったが、三時は過ぎていたのではないか…一日中こんな天気の日は、一日中薄暗くて、日差しで時間を推測する事は不可能だ)。
次のお寺まで、ここから7キロ強。ユキちゃんは、全然行く気が無い様子。Tさんもあきらめたようで、荷物を降ろす。
毎晩の酒飲みと、たまった旅日記に、多少イラついてもいたが…ここまで来ると、開き直りの境地。「今日も一緒に」と言うユキちゃんに、オーケーの返事。ユキちゃんは、セッセと宿の手配を始める。「丸亀」市内のビジネス・ホテルに決定。ナオちゃんとは、ここで別れる。
山門を出て、左にグルッと回る。
「県道21号」に出て右折。路肩の狭い道を、一列縦隊になって「丸亀」市内を目指す。
その道沿いで、二人はいつも通り酒屋前で立ち止まる。「僕はいいです」に、「僕はいいです…か」とユキちゃんは、こちらの口真似でニッコリ。一時はフラストレーションも溜まっていたが…この後の事が、何だか楽しく思えてきたから不思議だ。
前の二人は缶チューハイを飲みながら…こちらはおすそ分けの、イカ味のおつまみをかじりながら…やがて市街地が近くなり、歩道も出てきた。左に、「JR予讃線」の高架が見え始める。ホテルの正確な場所はわからないが、とにかく「丸亀駅」を目指して左に入る。
途中でユキちゃんが、大きな犬を連れたおじいちゃんに道を尋ねるが…
『ユキちゃん、相手を間違えてるよ!』
おじいちゃんは、お寺の道ばかりを強調し、こちらの話に耳を貸そうともしない。
『こりゃダメだ』
今度はTさんが、通り掛かった商店の店先で…おじさん・おばさん・孫と思われる子供達三人に道を尋ねるが…
『Tさん、やっぱり相手が違うよ!』
幼稚園前くらい? 一番下の女の子、こちらの物々しい格好のせいか、いきなり泣き出す始末。
『こちらもダメだ』
だいたい地元の人にしてみれば、商売上の取り引きでもない限り、地元の宿になんて用は無い。
(皆さんも、そんな経験がないだろうか? 地元で宿の所在地を訊かれても…『? どこだっけ?』。そんな経験が…。一人でいれば、サッサと駅に向かうところだ)。
結局埒が明かず、とにかく先へ。
ここは大きな街だ。駅が近くなると、「ホテル」と書かれた大きな建物がチラホラ見え出す。その中の一つに、本日の宿の看板を発見。駅正面のアーケードを、少し入った所。
フロントでは、ちょうど外人さんがチェック・インしている。建物も綺麗で、ビジネス・ホテルとしては高級な部類に入るが、料金は意外と安い。
(へんろ感覚では少々高目。そのかわり、部屋は少し狭かった)。
ガサゴソと、荷物を背負った三人は、エレベーターに乗り込み上へ。時刻は…「?」。複数で行動していると、チェックが甘くなってしまうものだ。それに、本日は食料を仕入れていない。しかし、宿の自販機は定価販売…に、ひと安心。
後で夕食に出る事にして、ひとまずめいめい部屋に入る。先ずは風呂を汲む。湯船に浸かりながら、ズボン・ザック・ポーチを洗濯。残り一日。明日は列車に乗らなくてはならない。悪臭を放つ物は厳禁だ。本日ビショビショになったTシャツと靴下はゴミ箱へ。
(本日着用の物は、「これで最後」と選んであった。Tシャツにはほころび、靴下には穴がある)。
合羽代わりのサウナ・パンツとブーツ・カバー等、すでにボロボロになり、いらない物はここで始末。
(もっとも始めから…特に海外に出る時は、「いつ捨ててもいいような物」ばかりで旅に出るのが流儀。溜まるのは、旅の資料と記念品…これが必要以上の量になるから、最後は少しでも身軽になりたい)。
風呂から上がり、バス・ローブに身を包んでいると…Tさんが来て夕食の算段。二人は先ず、近くのコイン・ランドリーに行くと言う。その間、ジャズのBGMで本日の記録を書く。
(ナイト・テーブルに内蔵の有線?)。
そうそう、久しぶりで実家に電話。「明日帰る」コール。そこに、Tさんが戻って来たようでノックの音。先ずは用件のみで、ケータイを切る。
着替えを済ませるあいだ待ってもらい、ホテルを出る。裏通りに入った、コイン・ランドリー近くの焼鳥屋さん。三人で座敷に上がって、先ずは「生中」。その後は焼酎。こちらはもちろん「ロック」。
(「水割り」なんて、男の飲むもんじゃない…は、いくつかある、無用なこだわりのひとつ)。
焼き鳥系をメインに話が進む。連日、酒の入った夕食で、いつ・どこで・なにを話したのか定かではないが…この日も良い気分で酔っ払った。
食後、そこを出て、コイン・ランドリー経由で帰ったのだが…Tさんは立ちションをしようと、駐車場の暗がりにスタスタと入って行く。が、縁石に足を引っ掛け、もろに前のめり。バタンと転ぶ。その一部始終を、すっかり目撃してしまったユキちゃん。ケタケタと、笑う笑う。子供みたいに転がったTさんは、手と足を数箇所擦りむく。まあ大した事はなさそうだ。
その後、二人はコイン・ランドリーで洗濯物を引き上げ、ホテルに戻って再びTさんの部屋で日本酒。何時まで飲んでいたのか? こちらは明日、10キロほどで終了という事もあり、けっこう飲んでいたし、時間も気にしていなかった。そこで一応お開きという事になったのだが…。
学生の頃に観た日本映画。そんな中の一つに、女子大生と中年男の恋物語があった。あの頃は…
『そんなのウソくさい』
そう思っていた。ましてや、女の子の方が中年のオッサンに惚れるなんて、『ありっこないよ』と思い、楽しめなかったが…そう言えば、先に挙げた「旅の重さ」。あの映画も、そんなストーリー展開だったような?
でも三十を過ぎた頃、ずっと年上の男性が好みの女性が、かなり存在する事に気づいた。それに、自分の年齢が上がっても、対象年齢の下限は変わらない。守備範囲は、自分が年を重ねるごとに広くはなっていく。それでも、「向こう」の上限は十歳くらいが限界と思っていたのだが…。
忘れていたよ、こんな感覚。ジャズのBGMが流れてて…何を話したんだっけ?
とにかく女の子と二人。こんなシチュエイション…もう二度と無いと思っていたのに…Tさんの部屋を出て、「僕の部屋に来る?」と言うと、コクンとうなずくユキちゃん。
廊下にある自販機で500mlのビールを買って、三次会。
こちらはベッドの端に腰掛けて、ユキちゃんはイス。時々マッサージしている足の指が、ちっちゃくて可愛い。あれやこれやと、一方的に話をしていたような気がするけど…途中でさらにもう一本。何だかとっても良い気分で…でも、酔って焦点の定まらない目で時計を見ると、二時を回っていたような…『長いこと引き留めちゃって、悪い事したな~』と後で反省。そこでお開き。
最後の最後でこんな事になるなんて、想像もしてなかったけど…とにかくこれで、大きく心が傾いた事は確か。
別に、無理して捨てた煩悩じゃないけど…「忘れてた」というより、「枯れていた」ものが、一気に呼び覚まされた感じ。こんなはずではなかったのだけど…。
そう言えばユキちゃん。僕のガイド・ブックを見て、「こんなので、よく歩けますね」って言ってたっけ。
本日の歩行 33・44キロ
43438歩
累 計 1362・31キロ
1769823歩




