第九話 ランチタイム
分からなくなってきた。
自分がどうしたら良いのか、どうするべきなのか。
ここ最近の善希を見ていて、原因は雪枝の方だったのではないだろうか、とさえ思えてくる。
仕事中、パソコンとにらめっこしながら そんな事を考えていると、自然と大きなため息が漏れた。
「大きな溜息ですね、幸せ逃げちゃいますよ。」
「…仲田君。」
振り返ると、少し呆れた表情で仲田が立っていた。
雪枝は仲田の顔を見て、先日の出来事を思い出す。善希に無理矢理手を引かれたとはいえ、その場に仲田を置き去りにして帰ってしまった。雪枝は慌ててその場に立ち上がる。
「…あっ!金曜はごめんね!大丈夫だった?」
「ああ、はい。あの後、森さんともう一人、女の子と三人で飲みに行きました。」
「えっ!?なんかごめん…。」
完全に巻き込み事故だ。雪枝は仲田がその場で断りきれず、流れで飲み会に連れて行かれたのでは、と心配そうな顔を向ける。
その心情を読み取ったかのように、仲田はハハハと笑顔で言葉を返した。
「気にしないで下さい、全然大丈夫ですよ。嫌だったら断ってますから。僕の事より、海山さんの方こそ大丈夫でした?」
「ああ…うん。」
仲田の言葉に、雪枝は顔を曇らせる。
金曜日、不機嫌な様子で雪枝を連れ出した善希を仲田は見ている。その後、雪枝が嫌な想いをしたのではと心配で声を掛けたのだが、表情を曇らせる雪枝を見て更に心配になった。
「何かありました?僕で良かったら 話、聞きますよ。」
「えぇっ。でもそんな…申し訳ないし…。」
「良いですよ。乗りかかった船です。なんなら、今からお昼、一緒にどうですか?」
これ以上仲田を巻き込むのは申し訳ないと思いながらも、整理のつかないモヤモヤした気持ちに抗えず、その言葉に甘える事にした。
「…ありがと。この間の分、今日は私が奢るよ。」
「いいですよ、そんな気を遣わなくて。」
◇◇◇◇◇
二人は職場を出て近くのイタリアンへ。メニューは豊富で内装もオシャレ。オフィス街にある人気のお店だ。雪枝達のように仕事中に訪れる者もいれば、女子会等で休日を利用して訪れる者もいる。カップルも多く来店していた。雪枝達は十二時を回る前に来店した為、すんなり席に案内してもらえた。十二時を回ったあたりでお店は大混雑。店の外は長蛇の列である。
この店に誘ったのは仲田。雪枝はこの店の存在を知らなかった。『流石、爽やかイケメン男子は違うな。』と心の中でしみじみと感心してしまう。そんな雪枝の心情など知る由もない仲田は、手早く雪枝の方にメニュー表を向けてくれた。雪枝はカルボナーラを、仲田はトマトソースのパスタを注文する。
昼休憩の時間は一時間。モタモタしていたら あっという間に終わってしまう。雪枝は店員が去った後、料理が来るのを待たずに本題へと入った。
「善希、仲田君に嫉妬したみたいなんだよね。」
「え?」
唐突な話の切り出しに目を瞬かせる仲田。そんな仲田の表情には気付いていないのか、雪枝は真剣な面持ちでそのまま話を続ける。
「仲田君がカッコイイからって。で、昨日は水族館行ったんだけど、私のこと褒めたり、ペアストラップ買ってくれたり…。何があったのかなって…。」
「・・・・・。」
『可愛いと褒めてくれた』とは言えなかった。その発言は流石に自意識過剰のように聞こえてしまいそうだ。その部分はうっすらと濁したのだが、眉根を寄せて話す雪枝に対し、仲田は何とも言えない表情を浮かべている。
『褒めてくれた』、という表現だけでも自意識過剰具合が出ていただろうか。そんな心配をよそに、仲田は呆れた顔で言葉を返した。
「そんな難しい顔でノロケられたのは初めてです。」
「えっ!?あ、いや!別にノロケとかそういうのではなく!!」
内容だけ聞いていれば仲田の言うとおり、単なる惚気だ。仲田が呆れるのも無理はない。
全力で否定する雪枝に対し、仲田は片眉を上げて念の為に確認で問い掛ける。
「付き合ってる、んですよね?」
「…まぁ。」
「だったら普通でしょ。」
(普通…か。まぁ、そう、なんだけど…。)
本来ならそうなのだ。本来ならば。
だが、雪枝には事情がある。時間が巻き戻る前の“事実”がある。
その事を話したいのは山々だが、話すわけにもいくまい。
思い悩んだように少し沈んだ表情で雪枝が俯くと、仲田はフゥと小さく息をついた。
「何か懸念があるんですね?当ててあげましょうか。『他の女性の影が見える』、とか?」
「!?」
「図星ですね。海山さん分かりやすいな~。」
「そんなに顔に出てた!?」
「今のは。」
カァ~っ。
雪枝の顔がみるみる真っ赤に染まる。そんな雪枝が可愛いと思ったのか、仲田はクスッと笑みを漏らす。
「まぁその懸念は分かりますよ。」
「え?」
雪枝の問い返しに、今度は仲田が少し表情を落とす。だがその表情は一瞬で、すぐにいつもの爽やか笑顔に戻った。
「あれだけ素敵な彼氏さんじゃないですか。気が気じゃなくなるって言うんですかね、不安になる気持ち分かります。」
(そういうわけじゃないんだけど…。)
う~ん、と唸る雪枝を前にしながらも、仲田は穏やかな表情で深く目を瞑る。
「大事なのは、海山さんがどうしたいか、だと思います。」
「どう、したいか?」
「はい。“どうすべき”とか、“どうした方が良い”とか、他人が言う事じゃないと思うんです。仮に百人中百人が正しい答えを教えてくれたとしても、本人が納得してないなら後で必ず後悔が残る。だから、後悔しないように。自分が思うままに選べば良いと、僕は思います。」
「仲田君…。」
「勿論、僕個人の意見で良ければ話しますよ。けど、それを鵜呑みにするんじゃなくて、それは一意見として聞いてもらって。最終的には海山さんが決めたら良いと思います。」
その場しのぎの適当な言葉でない事は、受け取った雪枝には分かった。仲田の言葉を自分の中に落とし込んでいると、仲田は再び笑顔を向けた。
「海山さんなら大丈夫ですよ。海山さんが選びたいと思って選んだ選択肢なら、間違いにはならないと思います。」
「…ありがとう。」
仲田につられて雪枝からも優しい微笑が零れる。
それを見た仲田は、笑顔の色を少し変える。笑顔には変わりないが、少し含みのある笑みだ。
仲田はそのタイミングで持って来られたパスタに視線を移しながら言葉を続けた。
「それに、その懸念なら もう心配ないと思いますよ。」
「?」
仲田はそれ以上は何も言わず、雪枝にニッコリ笑顔を送る。
雪枝が問い返しても答えてはくれなかった。
早く食べないと昼休みが終わってしまうと急かされ、結局二人は雑談を交わして昼休憩を終えた。
◇◇◇◇◇
仕事を終えて帰宅する雪枝。
昼休みに仲田と話した事で少し肩の荷が下りたとは言え、まだ明確な答えは出ていない。荷物を置いてソファにドンッと腰掛けた。
(仲田君は ああ言ってくれたけど…。)
何気なくスマホを取り出し、インスタを開いた。今ではこのインスタチェックがルーティンになってしまっている。フォローしている人達の投稿を見た後は尾形のページを見に行った。
「ん?」
ぼーっとした状態で見ていた雪枝だったが、ガバッと上体を起こしてスマホに釘付けになる。
そこには、雪枝が目を疑う投稿が上がっていた。
「えっ!?この投稿って・・・・。」