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第八話 水族館デート

水族館デート当日。

雪枝は早起きをする。いつもは数分で済ませる支度を、今日は念入りに行なっていた。化粧、髪型、服装…準備に抜かりはない。

そうして余裕をもって少し早めに家を出る。


乗車予定の電車、到着五分前に駅に着く。

駅のホームで電車を待っている際、鏡のようになっている柱に映る自らの姿を見て、雪枝は顔を真っ赤にした。



(き、気合を入れすぎてしまった…!)



普段はストレートヘアの雪枝だが、今日は巻き髪に。服もこの間買ったばかりの新しいものを。女子力高めの服装だ。

自分の姿を見た雪枝は我に返り、急に恥ずかしくなってしまったのである。

そしてふるふると頭を振って言い訳のような言葉を思い浮かべる。



(べっ、別に昨日可愛いって言われたからとか、そんなんじゃないし。そう言われたのに、適当な格好で来たら負けみたいな?そんな気がしただけだし。)



テンプレどおりのツンデレ発言。まぁ誰かに向けて放った言葉ではないのだが。


そうして電車に乗り、目的の駅へ着く。待ち合わせ場所は改札を出た先の広場、時計台前。見ると善希は既に到着している。雪枝は慌てて善希の傍へと駆け寄った。



「ごめん!お待たせ。」



時刻は待ち合わせの五分前。遅刻ではない。だが既にその場にいる善希を見て思わず零れた発言だった。

声を掛けられて雪枝へと目を向ける善希。普段とは少し違う装いに、善希は目を丸くした。

髪まで巻いて来たのはやはり失敗だっただろうか。付き合い立てのカップルでもないし、少し前のデートでは特段オシャレをしていたわけでもない。善希の反応を見て雪枝は照れ隠しの言葉を放つ。



「な、なに?」

「いや、…その、今日すげー可愛いなと思って。」

「っ!!」



善希も少し照れ臭そうに視線を逸らしながら言う。善希は決してお世辞を言えるタイプではない。その事を知っているだけに、その台詞が彼の本心である事が分かった。

そんな風に褒められるなんて思ってもみなかった。雪枝はピンク色に染めていた頬を更に赤く染め上げて言葉を詰まらせてしまう。その場に妙な沈黙が降りた。


いたたまれなくなった善希は、雪枝の手を取って歩き出す。



「と、とりあえず行こうぜ!」



雪枝の半歩前を歩く善希の顔は見えない。だが、赤くなった耳を見れば分かる。本気で照れている。雪枝にまた、温かな感情の灯が灯った。



◇◇◇◇◇



何年ぶりだろうか、水族館に来るのは。

最近は仕事が忙しくて足を運ぶ暇なんてなかった。善希とも付き合いたての頃に来たっきり。


久しぶりに訪れる自分の好きな空間に、雪枝の歩く速度は自然と遅くなる。

引き込まれる海の世界を前に、ふと我に返って隣にいる善希を見上げた。



「あ…。ご、ごめん。」



ゆっくり見たい気持ちはあるが、あまりにもゆっくりすぎれば興味のない善希にとっては退屈な時間となってしまうだろう。それは流石に申し訳ない。慌てて歩を進めようとする雪枝に、善希は笑って見せた。



「いいよ。ゆっくり見ろよ。時間はいくらでもあるんだし、好きなだけ見れば良いって。」

「でも付き合わせちゃうのも悪いし…。」

「今日は埋め合わせするって言ったろ。それに、この間の旅行では俺の趣味に付き合わせちゃったし。お互いがお互いの趣味に付き合うってのも楽しいんじゃない?」

「…っ。ありがと。」



そう言って貰えた事が、素直に嬉しい。

雪枝の中で、またもや心の中にポッと温かな火が灯る。



いつからだろう、自分の主張ばかりに固執してしまっていたのは。

いつからだろう、歩み寄る気持ちをないがしろにしていたのは。

いつからだろう、お互いがお互いの不満をぶつけ合うようになっていたのは。


そうやって、いつしか善希(あいて)の事が見えなくなっていた。



確かに善希と別れた原因は彼の浮気。

だが、こうして振り返ってみると、その結果に至るまでの自分に一切非が無かったとは言い切れない。



(もう少し…善希の事、ちゃんと見て向き合った方が…良いのかな…。)



◇◇◇◇◇



二人はゆっくりとした足取りで館内を回り、ふれあいコーナーへと足を踏み入れる。

そこではアシカやペンギン、カワウソに触れるコーナーの他に、小さな釣り堀もあった。残念ながらアシカ達とのふれあいは時間が決まっており、この日の開催は終了してしまっていた。

雪枝は少し残念そうな顔を浮かべながら、そのコーナーを通り過ぎようとする。そんな雪枝に気付いたのか、善希は雪枝の事を気遣うように釣り堀を指差した。



「魚釣りコーナーもあるじゃん。折角だし、やってみない?」

「善希って釣りとかしてたっけ?」

「大学の時に何回か誘われて行った事あるよ。見てろよ、俺の腕前を。」



そう言いながら善希はニッと笑って腕まくりをする。そしてスタッフから釣竿を受け取った。魚を目掛けて糸を垂らすも、肝心の魚達は綺麗にスルー。雪枝は呆れ眼を善希に向ける。



「全然ダメじゃん。」

「そういうならお前もやってみろよ。結構難しいんだよ。」

「私、釣り竿自体初めて触るんだけど。」



善希から釣竿を受け取り、餌を付け直して魚へと放つ。すると魚はすぐにその糸へと食いついた。ゆっくりと慎重に竿を上げ、見事に魚を釣り上げる。



「釣れた!」

「ちょ、なんでお前の方が上手いんだよ!」

「才能?」

「…くっ。」

「あっはははは。おっかしー。ダサすぎる…!」

「ちょ!笑いすぎだろ!」



ケラケラと楽しそうに笑う雪枝を見て、善希はフッと安心したような笑みを漏らす。



「…なんか久しぶりに見た気がする。」

「え?」

「雪枝の笑った顔。」

「!」



そう言った善希にも笑顔が溢れている。

それを見て思い出した。



(そうだ。私、善希のこの笑顔に惹かれたんだ。仕事で行き詰ってた時、この笑顔に癒された。久しぶりに見たな、声出して笑う善希…。)



いつの間にか、傍にいる事が当たり前になっていて

笑顔がある事が当然になっていた。


だから、ない事がイレギュラーで、イライラして、お互いがお互いの事ばかり主張するようになって…

その悪循環から逃れられずに、いつしか喧嘩ばかりの関係になっていた。



雪枝は自らの事も省みるように深く目を瞑った。



◇◇◇◇◇



二人はゆっくりと水族館を回り、最後のコーナーへと差し掛かる。そして土産物が売っている売店へと入った。そこで一番に目についたのはペアのストラップ。



(このストラップ可愛いな。…けど、ストラップってあと数年でほとんどなくなるんだよな~。今ももう既にスマホで付けるトコほとんどないし。…っていうか、ペアとか善希が持ってくれるはずない。)



ペアグッズを買った事はない。というより、本人に打診した事すらない。目についたストラップが欲しいと思う反面、それを口に出す事自体、今更感があって躊躇われる。

結局、何も買わずにその場を後にした。


二人は水族館から出て並んで歩く。



「今日はホントにありがと。凄く楽しかった。夜ご飯どうする?」

「その前に、ちょっとだけ寄って行きたいトコあるんだけど、良い?」



断る理由はない。雪枝はきょとん顔を浮かべながらも善希の行きたい場所へと足を向けた。



◇◇◇◇◇



そうして辿り着いた場所は水族館の裏手にある海岸。気候の良い時期なら人も賑わっていただろうが、今は二月。閑散としている。

それどころか、海風が吹き荒れていて、とてもじゃないが長居出来る状況ではない。



「寒ーーーっ!ちょ、なんでこの時期に海辺!?」



両手で自分の腕を摩りながら善希へと苦言を呈する。だが当の本人は笑いながら雪枝の方へと視線を向けた。



「ごめんごめん、初めてデートした時ここに来たなーって思い出して。あの時は夏の終わりだったもんな。」

「!」



善希の言葉で思い出す。初デートの情景を。

初めてのデートはこの水族館だった。雪枝が水族館が好きである事を知った善希が提案してくれたデートコース。そしてこの海辺へと歩いて来て、ベンチで暫く話し込んだんだっけ。


当時は付き合って初めてのデートという事もあり、館内の記念撮影コーナーで撮ってもらった写真を購入。その写真を眺めながら話した。


話の内容は覚えていない。取るに足らない他愛ない話。

けれど、楽しかった事だけは鮮明に覚えている。

当時座ったベンチを眺めながら、雪枝は想い出に浸る。


その時、雪枝の顔の前に、善希が何かを差し出した。



「これ。」



そう言って雪枝に手渡したのは、先程雪枝が見ていたペアストラップ。



「え…っ!これ…なんで!?」

「さっき見てたろ?」

「いや、見てたけど…。でも、ストラップとかもうあんまり使う事もないじゃん。」

「無理につけなくても良いんじゃない?部屋に飾っとくとか、持ってるだけで。今日の想い出の品になるだろ。」

「!」



善希の言うとおりだ。

物や用途の固定概念にとらわれ、大事な事を忘れていた気がする。


大事なのは、想い出を大切にすること。


雪枝は受け取ったストラップを胸元でぎゅっと握り締め、善希に微笑を向けた。



「…ありがとう。」

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