第十四話 運命の日
それから数日で善希の体調はみるみる回復。一晩つきっきりで看病していた雪枝にも移る事はなく、翌週を迎えた。
二人は一週間遅れのバレンタインデートを遂行、デザートビュッフェを楽しんだ。
そしてそのデートの帰路。
「来週はどうしよっか?仕事入ってる?」
「・・・・・。」
「善希?」
「ごめん。来週は…ちょっと…。」
「!」
先程までのデートを楽しむ姿とは違い、真剣な面持ちで話す善希。雪枝の胸はざわついた。
「えっ…と、何か…予定、入ってるの?」
「…うん。」
嫌な予感が頭を掠める。
三年前、来週のこの日といえば、善希は尾形とデートをしていた疑惑の日だ。
言葉を失う雪枝に、善希は切なげな視線を向ける。
「ごめんな。」
「・・・・・。」
その謝罪の言葉はいつものトーンとは違っており、雪枝の嫌な予感を増幅させた。
◇◇◇◇
そして翌週、運命の日。
一週間前、デザートビュッフェの帰路で意味深な謝罪を述べた善希。雪枝はこの日まで、その事が頭から離れなかった。尾形との関係は浮気ではなく二股だったのだろうか?そして雪枝に対する罪悪感から、あんな謝罪を述べたのでは?そんな事ばかり考えていた。
あれから一週間、雪枝は尾形のインスタをずっとチェックしている。だが三年前のようにデートの日程や場所が記された投稿は上がらない。
それは、バレンタインのチョコレートケーキが尾形の手に渡らなかったからなのか、それとも別の要因なのか…。
詳細は定かではないが、上がってこないものは仕方がない。だが、このまま見過ごす事も出来ない。
雪枝は一か八か、三年前の浮気現場へと足を向ける事にした。
場所は先日、善希とデートした水族館の最寄り駅。
雪枝は二人が待ち合わせ場所としていた時計台前の近くで待機。
ここで二人が現れたら、当初の予定どおり証拠写真を撮って別れよう。
そう、自分に言い聞かせようとする。
だが、雪枝の思考とは裏腹に、“来ないで欲しい。”、その思いがどうしても浮かび上がってきてしまう。
二人が一緒にいるところなんて見たくない。
二人が手を繋いで歩く姿なんて見たくない。
楽しそうに笑いあう二人なんて…見たくない。
その考えは雪枝の中で今までないぐらい膨らんできており、自分自身に対しても、もう誤魔化せない気持ちなのだと気付かされた。
そして待ち合わせ時刻。時計は十二時を回るが、二人は一向に現れない。
雪枝の行動の変化で未来が変わってしまったのだろうか。デート場所や時間が変わったのか?
思考を巡らせていたその時、聞き覚えのある声が背後で上がる。
「尾形さんなら来ないよ。」
一瞬で血の気が引く。声の主は…善希だ。
いや、その前に待って。
“今、何て言った…?”
雪枝が青ざめながらも恐る恐る振り向くと、そこには真剣な眼差しを携えた善希が佇んでいた。
「雪枝も…2022年から来たんだろ?」
「!?」
(雪枝…“も”?)
ドクン、ドクン。
雪枝の心臓は大きく脈打つ。
「俺が2019年に来たのは大喧嘩の後だったんだけど、雪枝もその頃にタイムスリップしてたんじゃない?」
「な、なんで?」
「雪枝のインスタの裏アカ、見付けたから。」
「!?」
雪枝の頬に一筋の汗が伝う。言葉が出てこない。
「いや、最初は…インスタ見付けた当初は気付かなかったんだけど…。この間、うちで看病してくれてた時、雪枝の様子見てたら何か違和感があってさ。それで、よくよくインスタ見返したらインスタの投稿が喧嘩の後ぐらいからだったから、同じぐらいのタイミングで戻ったんじゃないかって。」
善希は気付いていたのだ。冷蔵庫に入っていたチョコレートケーキに対する反応や、インターホンが鳴った時の雪枝の表情に。
最初は些細な違和感だった。だがインターホンが鳴った時の青ざめた雪枝を見て、善希の中でその違和感が大きな仮説を促した。勿論、それだけじゃない。その事で色々と過去を振り返り、三年前と違う状況に、雪枝も過去に戻ったのでは?その仮説が浮かび上がったのだった。
「じゃあ先週のあの発言は…?今日は予定が入ってるって。もしかして・・・・」
「うん。あれは、俺も確信があったわけじゃなかったから。この事に気付いたけど直接訊くわけにもいかないし。もし本当にその仮説が正しいなら、今日ここに来るんじゃないかって思って。」
「・・・・っ。」
“策士策に溺れる”、とでも言うのだろうか。尾形に罠を仕掛けたつもりが、自分が罠に絡め取られた?
雪枝が言葉を失っていると、善希が深々と頭を下げた。
「雪枝、…ごめん!試すような真似して…ホントにごめん!!」
…ん?
あれ?なんだろう、何か…思っていたのと違う。
雪枝が目を瞬かせていると、善希が顔を上げる。その顔は今まで見た中で一番と言っていい程照れ臭そうな表情で、最高潮に頬を真っ赤に染めていた。
「雪枝がこんなにも俺の事、想ってくれてたなんて…。俺、思ってなくて…!!インスタのコメント、すげー嬉しかった…っ!」
「え?・・・・えっっ!?あ、いや、あれは…その…っ!」
一瞬、何の事か分からなかった。思考が追い付いていなかった雪枝だが、自分が投稿したインスタを思い出した。尾形に向けて放った渾身の攻撃、匂わせ投稿。二人のラブラブ投稿を。今度は雪枝が顔を真っ赤に染め上げる。
投稿を見た善希は、雪枝が本心は喜んでくれていたのだと認識し、それをめちゃくちゃ嬉しく思っていたらしい。
良い感じで勘違いをしてくれたわけだが、これはこれで超恥ずかしい。そんなつもりではなかった。今度は違う意味で開いた口が塞がらなくなる雪枝。
あたふたとする雪枝だが、それには構わず善希は続ける。
「雪枝ってあんまり感情を口に出さないから。好きなのは俺だけなんじゃないかって…思ってたから。」
「!」
(そっか…私、ちゃんと言葉にしてなかったから。善希に不安な想い、させてたんだ。)
デートの誘いは善希からする事が多かった。行先等の提案は、ほぼ毎回善希から。そして雪枝は “嬉しい”、“楽しい”といった言葉をあまり口にするタイプではなかった。それ故に善希は実際のところ、雪枝の内心を図り兼ねていた。
『言わなくても分かるでしょ』なんて、言わない側のエゴだ。雪枝も言葉が足りていなかった。
心を込めた気遣いにさえも、感謝を述べられていなかった。
“有難う”や“ごめんね”、“嬉しい”といった感情を届けられていなかった。
その事に雪枝は内心、深く反省する。
それだけじゃない。善希が最初に謝ってくれたこと、“試すような真似”。それは雪枝も善希に謝らなければならない事だ。雪枝も同じだった。何度か善希を試すような真似をした。
その事も含めて今度は雪枝が謝罪しようとするが、その前に善希が頭をくしゃっと掻いて言葉を続ける。
「ああ、いや…。インスタの事がなくてもさ。俺からちゃんと言うつもりだったんだ。三年前、すれ違いがあって尾形さんとのこと、色々と誤解があったけど、当時は俺も頭が真っ白になってた事もあって、誤解を解こうとしなかった。」
「誤解?」
「俺は、浮気してない。」
「!」
思わぬ弁解に雪枝は大きく目を見開く。善希はしっかりと雪枝を見据えている。その瞳に噓偽りは見られない。
「三年前も、勿論、今も。今更こんな事言っても信じてもらえないだろうし、言い訳がましく聞こえるだけだろうから詳しくは言わないけど…」
「…話して。」
「え?」
「言ってくれなきゃ分かんないから。もっとちゃんと、善希のこと、聞かせて。」
「! …うん。」
そうして二人は近くのベンチに座り、お互いの疑問や疑惑の全てを話し合った。
事実のすり合わせを行なう事で、見えていなかった全ての真実が繋がる。今となっては当時の尾形の投稿は見れないが、雪枝は記憶にあった彼女の投稿を話した。その中には善希には身に覚えのない情景もあり、尾形が投稿したインスタは事実を良いように切り貼りして、嘘を交えた投稿であった事が判明。“嘘をつくには真実を混ぜよ”、というやつである。
こうして浮気自体が誤解であった事が明らかとなった。
「もっと早くに、こうしてちゃんと話し合えば良かったね。」
「なんか俺ら、ずっとお互い勘違いして馬鹿みたいだな。めっちゃ時間無駄にしてんじゃん…。」
大きなため息と共にうなだれる善希に、雪枝は微笑を向ける。
「…無駄じゃないよ。無駄なんかじゃない。」
「え?」
「この経験があったからこそ、今こうしてお互いのこと、ちゃんと見ようって。気持ちをちゃんと伝えようって思えるようになれたんだから。」
「!」
「っていうか、時間戻ってるんだから無駄にもなってないし。」
「ははっ。そうだな。」
“雨降って地固まる”、その一言で括れる程、軽い出来事ではなかったが、二人は今の自分達をきちんと受け止める事が出来ている。それも二人の気持ちが本当の意味で通じ合ったから。
そして善希はベンチから立ち上がり、改まった顔を雪枝へと向ける。
「雪枝、俺は雪枝の事が好きだ。もう一度俺と…やり直してもらえないか?」
「!」
その言葉を聞いた雪枝には笑顔が溢れていた。
その笑顔が語っている、善希の言葉に対する答えを。
だが雪枝が返したのは、飛び切りの笑顔だけじゃない。
最も大事な、一番伝えなきゃいけない気持ち、大切な言葉。
『善希。私も善希の事が、大好きです。』
後日談だが、雪枝がお願い事をした神社で、善希も同じ事を願ったんだとか。
これは二人の願いが重なり、起こした奇跡の物語。




