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第十三話 チョコレートケーキ

その制止に雪枝の胸はざわつく。自分の軽率な行動を後悔した。

そうだ、三年前のこの日、善希は尾形と過ごしていたのだ。尾形の為に手作りのチョコレートケーキを準備して。

彼女宛のケーキが冷蔵庫の中に・・・・



「わーーーーっ!!」



なかった。


いや、正確には冷蔵庫にチョコレートケーキは入っていた。だが、それは決して尾形の為のケーキではない。

ケーキの上に乗せられたプレートには、「Happy Valentine Yukie」と書かれていた。



叫びながら慌てて雪枝に駆け寄った善希だったが、時既に遅し。ばっちりそのケーキを雪枝に見られてしまった。

善希の顔は最高潮に真っ赤だ。それは最早、恥ずかしさからくるものなのか、熱のせいなのか分からない。

唖然とする雪枝を前に、善希は照れくさそうにしながらも、おずおずと言葉を口に出す。



「サ、サプライズにしようかと。…思ってたんだけど。まだ盛り付け途中だし…出来上がったら。」

「私の…為?」

「他に誰がいるんだよ。」

「・・・・・。」



紛れもない事実だ。目の前にあるのは雪枝の為に用意されたケーキ。

そう、雪枝が大のチョコレート好きだと知っていての手作りチョコレートケーキだ。


善希は料理は全然作れないが、お菓子作りだけは天下一品。善希は甘い物が好き。お金がなかった学生時代、少しでも節約しようと、お菓子は作ろうと考えた事がきっかけだったそう。作り出したらハマってしまい、色々なお菓子作りに手を出した。このチョコレートケーキもプロ並みと言って良い程の出来栄えである。


それだけお菓子作りが得意な善希だが、何故料理は出来ないのか。

これは余談になるが、本人曰く、お菓子作りはレシピどおりにきっちり分量を量れば作れる。それに対して料理は分量が“少々”、“ひとつまみ”等、明確でなかったり、適当であったり。それが分からないとの事だった。


呆然と立ち尽くす雪枝を見て、少し不思議そうな顔で眺める善希。

雪枝の表情はサプライズに感動したといった類ではない。その事に疑問符を浮かべたのだ。



その時、突如インターホンが鳴った。



ピンポーン



その音に雪枝はビクリと背筋を震わせる。まだ尾形の訪問を疑っている雪枝(じぶん)がいる。

お見舞いに来た、そんな風に無邪気に顔を出す尾形が訪れたらどうしよう、そんな考えが浮かんだのだ。


その姿を見ていた善希は、何かを考え込むように雪枝を見ていたが、少ししてインターホンへと動いた。



「はい。」

「っ!」

「宅配便でーす。」

「!」


(…宅配便、か…。)



尾形ではなかった。

それを確認した雪枝はホッと胸を撫で下ろした。



◇◇◇◇



善希の体調を考慮し、雪枝は消化の良い食事を準備する。卵がゆ、温野菜、少しでも食べれるならと脂身の少ない魚も準備していたが、今はまだ食べれないと言われ、その二つを作った。


そして夕飯を食べ終え、食器を片付けようと雪枝が立ち上がろうとした時、善希は雪枝が持参した紙袋に気付き、指差した。



「それ。」



ギクリ。


雪枝は一筋の冷や汗を垂らす。が、一瞬で笑顔を貼り付けて紙袋の中から一つの小箱を取り出した。



「は、はい!私からのバレンタイン!」

「? 箱のわりに、袋のサイズ、デカくない?」

「・・・・・。」



雪枝が善希に渡したバレンタインチョコの箱は至極小さな物。それに似つかわしくない程の大きな紙袋に違和感があった。

善希は、じーっと雪枝を見据える。雪枝は観念したように、おずおずと紙袋からもう一つの箱を取り出した。



「いや、あの…。一応、手作り、してみたんだけど。私、お菓子作りは得意じゃないから。」

「!」



先述したとおり、善希はお菓子作りは得意。その事は雪枝も知っていた。善希の手作り菓子には敵わない事は分かっていたが、今年は雪枝も心を込めて作りたいと思い、手作りチョコを作ることにした。


だが、手作りを渡すと意気込んだものの、いざ作ってみると大したものが作れず。簡単な生チョコタルトしか作れなかった。これだけプレゼントするのも躊躇われた為、高級チョコも一緒に購入していたのだ。


善希のプロ並みのチョコレートケーキを目の前に、雪枝は自らが作ってきたチョコが恥ずかしくなってしまった。その為、渡すのをやめて そのまま持ち帰ろうと考えたのだった。



「生チョコとか難しくもなんともないし、形も良いわけでもないし…。善希のケーキに比べたら…。」

「・・・・・。」



俯く雪枝だったが、その手作りチョコレートは綺麗にラッピングされている。それだけで心を込めて作られたという事は一目瞭然だった。

善希はガサガサとラッピングをほどき、チョコレートを一つ、口に放り込む。



「あっ!ちょ、何勝手に食べてんの!」

「これ、俺の為に作ってくれたんだろ?」

「そ、そうだけど…。」

「うまい。」

「!」



口の肥えた善希なら、他にいくらでも美味しい物は口にしているはず。それでも美味しいと言ってくれた事が嬉しかった。

だが善希はその“うまい”だけでは言葉足らずだと思ったのか、少し照れくさそうにしながら、更なる言葉を継ぎ足す。



「っていうか、苦手でも作ってくれたってのが、普通に嬉しい。ありがと。」

「! …いや、私の方こそ…ケーキ、ありがとう。」



◇◇◇◇



食事を終えた後、善希は市販の薬を飲んですぐベッドに入った。


夜には善希の熱は下がるどころか、40度まで上がってしまう。うなされるように眠っていた。息も荒い。

雪枝は夜な夜な善希の熱さましのシートを取り換え、汗を拭き、徹夜で看病した。



(あの娘も…こんな風に看病したのかな。)



ふと三年前の事を思い出す。

三年前も善希が本当に熱を出していたとしたら、尾形が看病したのだろう。

人間、弱っている時には心細くなるものだ。しかも雪枝(カノジョ)との仲が険悪な時に、別の優しい女がつきっきりで看病なんてしてくれたら…コロっと落ちてしまうのも分からなくはない。

まぁ、彼女がいるにも関わらず、別の女を家に上げるのはどうかとも思うが…。40度近い熱を出し、頼める彼女(あいて)がいなかったのなら、頼める者に頼ってしまう、そんな心理が働いてしまっても仕方ないかもしれない。


風邪(その言葉)を信じず、熱で苦しんでいる彼氏を放置してしまった自分にも責任があるかもしれないと思った。



そして夜が明け、雪枝はいつの間にかベッドの淵で眠りこけていた。

先に目が覚めたのは善希。


善希は雪枝をじっと眺めながら、彼女の髪をそっと撫でた。

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