第十二話 体調不良
「なんで来てんの…。」
「!」
ドアが開き、中から出てきたのは善希。
善希は熱さましのシートをおでこに貼った姿で、雪枝を気遣っているのか、マスクも着用してくれている。
(本当だったんだ…。)
善希の姿を見た雪枝は内心安堵のため息を漏らす。
だが、それは雪枝の事情の話。出てきた善希は見るからに具合が悪そうだ。明らかに熱のある顔色。決してホッとして良い状態ではない。
雪枝は善希に尋ねた。
「熱は?」
「別に、大した事ないし。」
「じゃあ家にあがっても問題ないよね。」
「あっ!ちょ、待てって!」
雪枝は半ば強引に善希の家に上がりこもうとする。善希はそんな雪枝の腕を掴んでそれを阻止しようとした。
先程の安堵は一転、雪枝の中に再びもやもやした嫌な考えが過ぎる。腕を引かれた事で雪枝は足を止める。そして俯いた状態で口を開いた。
「…あがられたら、困る理由でもあるの?」
消え入りそうな声で言葉を押し出す雪枝を見て、善希は一瞬目を見開いた。その場に沈黙が降りる。
その沈黙が更に雪枝の不安を仰いだ。この後、あの女が来る予定なのだろうか?そんな考えばかりが浮かんでしまう。
(だめだ。今、善希の顔、見れない…。)
善希の表情によっては、涙が零れてしまうかもしれない。
涙のワケを悟られてしまえば、そのまま別れ話になってしまうかもしれない…。
それを拒む自分がいる。
だが、涙で拒む自分になるのは嫌だった。
涙で同情を引くような女にはなりたくない。
涙で縋り付いているように思われたくない。
真実を確かめに来たはずなのに、真実を知ることに臆病になっていた。
そして少しの沈黙の後、善希が口を開いた。
「…38度。熱、あるから。」
「!」
「単なる風邪か、インフルかも分かんないし。移したら悪いし、帰れよ。」
そう言って善希は雪枝の腕を掴んでいた手を離し、部屋に戻ろうとする。だがその時、熱の影響からか、善希は足元をフラつかせて倒れそうになった。雪枝は慌てて善希を支える。
「ちょ、大丈夫!?寝てなよ。ご飯作るから。風邪で動けないなら、ろくなもの食べてないでしょ。」
チラリと善希の部屋の中を覗き見ると案の定、テーブルの上にはコンビニ弁当のゴミが散らかっている。
善希はお菓子作りは出来るが、料理はてんでダメ。漫画に出てくるような料理の才能ゼロ人間だ。ミスの十八番は砂糖と塩の間違い。流石に魚の頭や骨をそのまま料理に入れたりはしないが…そこまで料理スキルがない為、魚料理をしないだけだとも言える。
体勢を整えた善希は雪枝の手を振り払って部屋へと戻ろうとする。
「いいって。」
「こんな状態の善希見て放って帰れないよ。」
雪枝は頑なに善希を離さずにいた。
潜在的な力が強いのは当然、男性の善希だ。普段なら雪枝の手などすぐに振り解ける。だが今の善希は雪枝の手を振り払いきれない。それほど善希は弱っていた。
善希は引き下がらない雪枝を前に眉をひそめる。そして少し言いづらそうに視線を逸らした。
「…楽しみにしてたじゃん。」
「?」
「今度また新商品のプレゼン、あるんだろ。ただでさえ病み上がりなのに。移して雪枝がまた体調崩したら嫌だし。」
「!」
(そんな事、考えてくれてたんだ…。)
ぶつぶつと独り言のように話す善希だが、それが逆に真実を物語っている。本音だからこそ、話すのが恥ずかしい。善希の性格が表れていた。
そんな善希の姿を見て、きゅっと胸が締め付けられるような思いになる。
雪枝は善希の手を引き、本人には構わずズカズカと部屋へ上がり込んだ。
「おい、俺の話聞いて…」
「善希は寝てて。私なら大丈夫だから。私の事が心配だって言うなら早く良くなって。」
「雪枝…。」
善希を無理矢理ベッドに座らせた後、雪枝は体温計をずいっと差し出した。
「とりあえず、もう一回熱計ってみて。」
「えっ!?いや、さっき計ったばっかだし…」
「いいから。」
「・・・・・。」
善希はベッドに入りながら、しぶしぶ言われたとおりに熱を測る。ピピピッと音が鳴り、慌てて体温計を隠そうとするが、雪枝に取り上げられた。
「!? ちょ、39.4度じゃない!」
「・・・・・。」
この顔は39度超えを知っていた顔だ。恐らく、39度を超えている事を雪枝が知ってしまえば、看病すると聞かないと思ったが故の嘘なのだろう。気まずそうに視線を泳がせている。
だからインフル等を懸念していたのか。雪枝の中で腑に落ちるものがあった。
雪枝は、ハァと息を落として呆れ顔を浮かべる。
「病院は…もう診察時間終ってるか。なんで朝行かなかったの?」
「こんなフラフラの状態で行けるわけないだろ…。」
「あ、そっか。」
流石に39度を超えた状態で一人で歩くのは不安だろう。しかも病院がすぐ近くにあれば良いが、善希の家からは少し離れた場所にある。とてもじゃないが、歩いて行けるはずがない。道中で行き倒れそうだ。
かといって車や自転車というのにも不安がある。事故を起こしてしまったら取り返しがつかない。それを理解した雪枝は、それ以上は追求しなかった。
「とりあえず寝てて。」
善希の家に来る事を決めた時、雪枝も善希を100%疑っていたわけではない。(まぁ正確には信じたい気持ちがあった、といったものだが。)
体調不良が本当だった時の事を考え、食材は持参していた。
先述したとおり、善希は全然料理が出来ない。普段、一緒に過ごす際には雪枝が料理をしている。いつもの流れで、冷蔵庫の中にある調味料を取り出そうとする。
扉を開けようとしたその時、善希は慌てて雪枝に制止をかけた。
「わっ!ちょ!!ダメだ、開けるな・・・・っ!!」
「!」