第十一話 バレンタイン
記憶を頼りにした間違い探し。
どれ程の時間、写真とにらめっこしていただろうか。
雪枝は暫くの時間、尾形が投稿している写真を眺めながら、時折目を瞑って記憶の中の写真を呼び起こしていた。
確かに三年前は善希のスマホや腕時計が写っていた。
だが今回は、それが写っていない。
ということは、やはり未来が変わってきているという事なのだろうか?
それとも、三年前のこの時点ではまだ浮気には至っておらず、複数名の二次会だったということなのか…。
「あー、ダメだ。分からん。」
答えの出ない問題だ。いずれにせよ、インスタの投稿自体がなくなったわけではない。
完全に未来が変わったとは言い難い。
だが、頭の中を過ぎるのは希望的観測。
このまま良好な付き合いを続けていれば、善希とは・・・・
と、ここで雪枝は我に返って思考をやめる。
(…って、なに考えてんのよ、私は。)
一つため息を落としたところで、仲田の言葉を思い出す。
『大事なのは、海山さんがどうしたいか、だと思います。』
(私は・・・・どう、したいのかな。)
雪枝はぼーっとしながらも、ふとカレンダーへと目を向ける。
「ん?」
週末の土曜日はバレンタインだ。
その事に気付いた雪枝は、電光石火の如く立ち上がった。
「!!?? バレンタイン!?しまった!!私とした事が…!!すっかり忘れてたーーーっ!!」
雪枝は大のチョコレート好き。バレンタインは年に一度、自分への労い・ご褒美にも高級チョコを買っている。
実際に体験した三年前のこの日は、バレンタインデートでデザートビュッフェに行く予定だった。だが善希の体調不良でドタキャン。
用意していたチョコレートは雪枝が自分で食べる事にしたのだった。
当日朝のドタキャンに腹が立った事もあり、自分でチョコを食べれてラッキーと思うようにして怒りを納めたのを覚えている。
その翌週、善希が“埋め合わせ”と言ってデザートビュッフェにリベンジしたが、結局チョコは渡さずじまいで空気も重いまま。
二人の仲はどんどん険悪なものになっていった。
そんな埋め合わせデートから数日後のことだ。雪枝が尾形のインスタを見つけたのは。
バレンタインから数日経った日に、尾形は善希が作ったチョコレートケーキをインスタに投稿していた。
写真に写っている背景は善希の部屋。
『一緒に過ごせて、手料理を食べてもらえて嬉しい。しかも私の為にチョコレートケーキを作ってくれてたなんて…!感動で思わず泣いちゃったのは、ここだけの話♡』という言葉を添えて。
全世界に公開している時点で、ここだけの話ではないが。
そんなツッコミどころ満載の投稿を見付けて激怒したのは言うまでもない。
三年前は、もっと前から浮気(もしくは二股)が始まっていた、またはBarでの二次会で急接近したという事なのだろう。
しかも尾形はその投稿に、後日二人でデートする事を記していた。
ご丁寧に日時と場所まで書かれていたのは、今思えば尾形の策略だったと思えなくもないが。
雪枝はインスタの投稿をスクショし、そのデート現場で証拠となる写真をおさえた。
そしてその数日後、それらを突きつけて別れたのだった。
そんな苦い経験を思い出しながらも、雪枝は気持ちを切り替えて年に一度のバレンタイン商戦に思いを馳せる。
「明日の帰り、イベント会場に繰り出そ♪…善希には…。」
一度経験した人生では善希はドタキャンしたが、その“体調不良”とやらは、今となっては真偽の程が怪しい。当時のアレは尾形と過ごす為の口実、仮病である可能性を大いに含んでいる。
だが今のこの状態なら…
円満にバレンタインデートが出来るかもしれない。
今回、当日ドタキャンされなければ、当時の発言は嘘だった事実が濃厚だ。
だが今回も体調不良でドタキャンされれば、善希は本当に体調を崩していた可能性が高い。
当時の雪枝の見立ては誤りだった事になるが…。
「うーん…どうしよ・・・・。」
暫く考えた末、雪枝が出した結論は・・・・
(今回は私も…ちゃんと作って渡そうかな・・・・。)
◇◇◇◇◇
『ごめん、昨日の晩から熱が出て今日行けそうにない。ホントごめん。』
「・・・・・。」
(この事実は変わらないんだ…。)
雪枝の口からは大きなため息が漏れた。
三年前も本当に風邪をひいていたのかもしれない、という事実が強まったが、それと同時に、今回も浮気・二股しているという可能性も含んでいる。
非常に複雑な心境である。
それに、今回は先日の飲み会の時のような、“埋め合わせする”という文字もない。一度経験した人生でのメッセージと全く同じだ。やるせない気持ちになる。
これは浮気じゃなくて二股だったって事なのだろうか。
(でも…。)
最近の善希を見ていて、そんな雰囲気は感じられなかった。
もし隠すのが上手い二股常連さんだったなら分からなくもないが、善希は決して器用なタイプではない。むしろ不器用なタイプだ。
それは付き合っている雪枝がよく分かっている。
(ちゃんと…真実を確かめよう。)
◇◇◇◇◇
雪枝は、善希には何も言わずに自宅へ突撃訪問してみることにした。
これではっきりする。
尾形を自宅へ招き入れて浮気(もしくは二股)をしているかどうかが。
(私、緊張してる。)
三年前に戻った直後だったなら、きっとワクワクしていた事だろう。
現行犯で逃れようのない事実を目の前に、善希を追求する事が出来るかもしれないのだから。
それこそ、三年前に戻った当初、切に願っていた事だ。
だが…、今は違う。
浮気・二股じゃない事を願っている自分がいる。
雪枝は善希の部屋の合鍵を持っている。だが、敢えてインターホンを鳴らすことを選んだ。
善希の手でこの扉を開けて欲しいと思った。
いや、勝手にドアを開けたその先に尾形と共に過ごしている善希を見たくない、それが本音かもしれない。
インターホンを押そうとする雪枝の指は震えていた。
ゴクリ。
(ここで立ち止まってても仕方ないよね。)
意を決してインターホンを鳴らす。
ピンポーン
「・・・・・。」
出てこない。
間が空けば空くほど、不安が募る。
出ないんじゃなくて、出られないのでは?
やはり浮気・二股は変わらない事実なのだろうか・・・・?
そんな疑心が頭を過ぎる。
雪枝の鼓動はバクバクと鳴り響いていた。
(あの女が出てきたらどうしよう…。私…、ちゃんと怒ること、出来るのかな・・・・。)
頭に浮かんでくるのは、尾形が出てくる嫌なイメージばかり。
そんな情景を思い浮かべ、涙が溢れそうになるのをグッと堪えながら、もう一度インターホンを鳴らそうとしたその時、玄関の扉が開いた。
「!!」