第十話 Barでの出来事
三年前と同じだ。
尾形のインスタに三年前と同じ、二次会の投稿が上がっている。場所も同じ、一次会の場所近くのお洒落なBarだ。
だがこの二度目の人生、善希は二次会には行かず、雪枝と共に過ごした。
もしかして、浮気自体誤解だった?
「いや、でも…。」
三年前は確かに善希の手首のあたり、腕時計やスマホが写っていた。それを見て、雪枝は善希の浮気を疑い、いずれ確信へと繋がったのだ。
だが今回投稿されている写真にはそれが写っていない。
(私の行動が変わった事で、未来が変わってきたから?それとも・・・・。)
◇◇◇◇◇
時は少し遡り、善希の会社の飲み会当日。
善希が雪枝を連れて、その場から離脱した後のことだ。仲田は森と尾形との三人で呑みに行く流れとなった。
異色な三人の飲み会は、尾形の提案でBarに行くことに。店内の内装もオシャレで雰囲気のあるお店だ。店に着いて早々、尾形は化粧室へ。ばっちりメイク直しに行ったのである。
「すみませ~ん、お待たせしましたぁ~。女性トイレ混んでてぇ。」
「ううん、全然大丈夫だよ。凄く雰囲気の良いお店だね。」
「えへへ。友達が教えてくれたんです~。」
森は比較的鈍いタイプの男性だ。『女性トイレが混んでいた』という尾形の嘘に気付く様子は微塵もない。
そして三人はそれぞれ注文したウイスキーやカクテルやらを飲み始める。
尾形は仲田の事に興味津々らしく、年齢、出身地等々、様々な質問を投げ掛けた。勿論、勤めている会社についても。仲田は自分の職場を隠してはいない為、勤めている会社の名も告げた。
「へぇ~仲田さんって丸々食品さんなんですか~!?すごーい!エリートじゃないですか~!」
「いやいや、大した事ないですよ。僕の先輩に比べれば。」
「もしかして、その先輩って海山さん?」
「はい。」
“僕の先輩”、そのワードに言葉を返したのは尾形ではなく森だった。
だが、その森の問い返しにピクリと反応したのは尾形の方だ。
“ミヤマ”、その名に聞き覚えがあったからである。尾形は名前を聞いて反応を示すも、話には入らない。二人の会話を静かに聞いていた。
「彼女、ホント凄いんだね。永居からも聞いてるよ。男顔負けだって。」
「海山さんからは学ぶ事ばかりです。」
「…女性の方なんですか?」
「ええ。」
相手が女性という事まで分かったところで、ようやく話に加わる尾形。
尾形は瞳をうるうるっとさせ、右手を顎に当てて仲田に上目遣いを送った。
「仲田さん、かわいそう。」
「え?」
「だって、先輩が女性だと結婚退職や産休とかでいなくなっちゃう可能性高いじゃないですか~。良いように使われて、いいトコ取りされちゃうんじゃないかなって…女性って都合よく逃げちゃう人も多いですし、心配です。」
尾形の言葉に、森は感心するように頷いている。
「そんな気遣いが出来るなんて、尾形さんは優しいなぁ。」
「え~そんなことないですよぉ~。」
まんざらでもない、そんな表情で照れ笑いをする尾形。
それに対して更に誉め言葉を送ろうとする森だったが、その言葉を発するよりも先に森の携帯が鳴った。
森は二人に軽く会釈して電話に出る。そしてそのまま席を外して店の外に出た。
その場に残された仲田と尾形。尾形は再び仲田へと上目遣いを送る。そんな尾形を見て、仲田はニッコリ笑顔を返した。
「それは、君がそうだからって事?」
「え?」
仲田が何を言っているのか、尾形はその言葉の意味を瞬時に理解出来なかった。
尾形が目を瞬かせていると、仲田はクスッと微笑を漏らす。だがその微笑は先程の爽やかなものではなく、黒味を帯びた微笑みだ。
仲田はその表情のまま話を続ける。
「他人に色々押し付けて、都合よく逃げる人ってこと。」
「!?」
「てかさ、その上目遣いやめてくれない?そうやって色んな男にちょっかい掛けまくってんの?永居さん、だっけ?その人もそうなんじゃない?」
「っ!?」
尾形の表情は凍りつく。先程までのぶりぶりぶりっ子は何処へやら。
そんな化けの皮が剝がれた尾形を見て、確信を得た仲田は続ける。
「今日も本当は彼を誘うつもりだったんでしょ?けど、彼が帰ってしまったから俺を捕まえた。“このBarに来た”って事を匂わせ投稿にでも使うつもりだったのかな?俺が写ってなかったら誰と来たかなんて分からないしね。もしかして、もう投稿済かな?」
ぐうの音も出ないとは、まさにこの事なのだろう。
図星の尾形は全く言葉を返せなくなってしまう。
そう、尾形は本当は善希を二次会へと誘うつもりだった。
だが当の本人が帰宅してしまい、代打で森と仲田を誘った。そして仲田の指摘どおり、尾形はこの飲み会を善希と訪れた事にするつもりだったのだ。
一次会の後に善希が雪枝と会っていないという確信はない。だが、もし二人が会っていなければ会社の飲み会の後に二人で二次会に行ったかどうかの真実は分からず、疑念を抱いてしまう事だろう。
これは賭けに近かった。
当の雪枝も、善希と一緒に過ごしていなければ疑いを抱いていただろう。
まぁ善希が居ようが居まいが、どちらでも構わなかったのだ。
投稿には善希の名を記すわけではない。仮に善希に見られても咎められる事などないのだ。いくらでも逃げ道はある。雪枝が疑いを抱いてくれればラッキー、ぐらいのものだった。
そして仲田に色目を使っているのは、あわよくば、といったところ。
本命は善希で仲田をキープ、もしくは仲田の方が良ければ乗り換えるつもりだったのである。
その事まで仲田が気付いているかは定かではないが、嫌気が刺したような表情で仲田は吐き捨てた。
「性格悪すぎじゃない?悪いけど俺、そういう性格悪い女、嫌いなんだよ。」
「っっっ!!!!!あ、アンタこそ…」
尾形が言い返そうとしたところに、電話を終えた森が戻ってきた。
「ごめんごめん、別働隊からの二次会のお誘いだった。」
「!」
「行かなくて大丈夫ですか?」
「こっちはこっちでやってるからって言ったから大丈夫。」
一次会を終えた時、何人かずつ仲の良い者同士がグループを作り、それぞれで二次会へと向かったのである。
その別の組からお声が掛かった森だったが、仲田と尾形を置いていくわけにも、仲田を連れて合流するわけにもいかず、断ってきたらしい。笑顔で言葉を返す森は、この三人の飲み会を楽しんでいるようだ。
だがここで、尾形は不機嫌な様子でその場に立ち上がった。
「私、帰ります。」
「えっ!?あ、ちょ、尾形さん!?」
森からの静止を振り切り、尾形はそのまま店を出て行った。
何が何だか分からない、唖然とした表情を浮かべる森に、仲田は『用事があった事を思い出したらしいですよ。』と適当な事を言い、森をその場へと座らせた。
少し残念そうな顔を浮かべていた森だったが、男二人で飲むのも悪くないと思いなおし、二人はそのまま飲み会を続けた。
◇◇◇◇◇
時は戻って現在の時間軸、雪枝と仲田が一緒にランチをした日へ。
仕事終わり、帰路につきながら仲田は数日前の飲み会の事を思い出していた。
(『残念ながら今、彼は海山さんと一緒にいるから、その嘘もすぐにバレるね。』、まで言いたかったけど。)
そう言ってしまえば、投稿を削除される可能性がある。尾形の思惑を雪枝に伝える為にも、それは避けたいと思い、その発言はしまい込んだ。
だが、ふと我に返った仲田は、何かに気付いたように目を見開く。
「・・・・あーあ。俺、何やってんだろ。敵に塩を送るようなマネしちゃったかな~。」
ポリポリと頭を掻きながら仲田は何とも言えない表情を浮かべる。
(とは言え…海山さんが不利になって、悔しい想いしてるところは もう見たくないし。)
「うーん…複雑だなぁ。」