新生活への第一歩
そこは廊下だった。ヨーロッパのほうにありそうな宮殿のような見た目だ。しかしそこには音がなく、生命の気配すらもない。その静寂を破るように、一人の少年が歩いてきた。場違いのような日本の制服だ。
その男の名は、吉本健也─15歳だった。
健也は、どうして歩いているのか、今までの自分を思い返していた。
健也は親の愛情をほとんど受けずに育ってきていた。常日頃から家族に暴力をふるっていた父親が、剣やが小四の時にギャンブルでこさえた多額の借金を残し蒸発。母は返済するためにより一層忙しく働いていた。個人経営の食堂を経営していたが、副業も始めたこともあり、健也が手伝うこともあった。
しかしそれでも借金を返済することはかなわず、ついには引っ越すことを余儀なくされた。事情を知っている大家さんは健也が小学校を卒業するまで待ってくれていた。
小学校を卒業し、健也の引っ越しの当日、友人が見送りに来てくれていた。彼女こそできなかったものの、たくさんの友人ができ、とても満足な生活を送っていた。
引っ越した先の中学校では、健也は人が変わったようだった。すでに中学ではグループができていたこともあり、健也と友達になろうと思う人はごく少数で、健也もまた友達を積極的に作ろうとはしなかった。
三年冬のある日の帰り道のことだった。すっかり日が沈み、あたりは暗かった。いつものように一人で帰っていた健也は、交差点に差し掛かったところで視界の端にこちらに向かってくる光を捉え─
ドンッ
と体に衝撃が走った。健也は車に轢かれたのだ。そして、運転手であろう人物が顔を覗き、
「やったか」
と一言つぶやいた。それは喜びとも悲しみともとれぬ声だったが、健也はその人物が誰か悟った。悟ってしまった、自分の父親の声など、間違えようがないのだから。
健也は驚きと悲しみの中、意識を失い、短い人生を終えた。
──はずだった。
そしてこの廊下で目覚め、とりあえず歩いてみることにしたのである。
ここまで思い返してみて、いくつか疑問に思うことがある。自分は今どういう状態なのか、などがあるが、いったん考えを中断した。
廊下はそこで終わっており、扉があったからである。
扉には「御用の方はノックしてお待ちください」と手書き文字で書いてある。することがないのでとりあえずノックをした。中から「はーい」という声が聞こえ、扉が開いた。
「こんにちは。吉本健也様ですね。」
そういいながら出てきたのは美人な女の人だった。なぜ自分の名前を知っているのかわからないが、
「はい、そうですが...」
と返事をしておく。
「お待ちしておりました。貴方にいくつかお話があります。
中へどうぞ。」
そういって部屋の中へと案内された。喫茶店にあるようなテーブルと椅子に座ると、
「改めまして、始めまして。世界の管理者のクレアと申します。」
「吉本健也です。それで、ここは一体...」
「ここは、そうですね。多くの並行世界をつなぐ所、といった感じでしょうか。
そして、基本ここには我々世界の管理者と、死者の魂しか来ることはできません。」
つまりここにいる自分は死んだってことでいいのか。
「つまり、死んだらここに来ると...それにしてはほかの人がいませんでしたが...」
しかし違和感がある。魂がここに来るのなら、もっと多くの人がいるはずである。
「はい、普通は別の場所に行き記憶を消去し、また新たな人として生を受けます。いわゆる輪廻転生、というものです。
しかしあなたは特別なので、こちらに来ていただいております。」
「特別、というのは」
「ある条件を満たしたものは、記憶を残したまま、体もそのままで別の世界で生きることができるのです。転生というものですね。」
自分はその条件とやらを満たしたからここにきているらしい。
「その、条件、というのは...」
「条件はですね...落ち着いてくださいね。
ひとつ、享年10~18歳であること
ふたつ、親に殺害されたこと
そして...」
クレアさんは少し間を開けた。
「親に殺意があったこと。」
その瞬間、ドキッとした。親に殺意があったからではなく、見限ったはずの父親に殺意があったとわかり、悲しむ自分がいたからである。
クレアさんは少し待ってくれていた。
「ほかに質問はありますか?」
「言語とかってどうすれば...」
「それなら問題ありません。転生先の世界の言語を話せるような能力をお付けしますので。
服装も、こちらで支給させていただきます。」
聞きたいことを両方答えてもらったので、
「では、問題ありません。」
「最後に、転生先でこんなことをしたい!であったり、こんな世界がいい!など、ご要望はありますか?世界の選定の参考にしますので」
「そうですね...荒れてなければどこでも...」
「わかりました。それではついてきてください。あ、あとこちらをお渡しいたします。」
そういって渡されたのは、服だった。更衣室に案内され、着替えろということらしい。元の世界の服とは違うので違和感があるが、動きやすさはあった。
着替えて出ると、別のところに案内された。先ほどの廊下のような雰囲気だが、無数の扉がある。この扉の数だけ並行世界があるらしく、特色によって扉の容姿が変化するらしい。
自分が案内されたのは、上部が丸い木の扉だった。質素ではあるが、不思議と温かみを感じる扉だった。
「それでは、行ってらっしゃいませ。」
クレアさんにそういわれ、自分の新しい世界の扉を開ける。中は光であふれていた。その中に勇気を出し、一歩を踏み出した。新生活への第一歩である。
元々リアルで紙に書いていたのですが、こっちに起こしてみました。(ついでに推敲も)
設定を前作から持ってきていますが、前作よりも長いのでお許しください。