07.金策
舟は入り江を出ると、少し右に向きを変えて進んだ。
「あっそういえば、さっきは風の刃一発と言いましたが、鯱は多めに捕獲するように頼まれていたんでした。お金を稼ぐ機会ですから頑張りましょう」
「はっはい」
何しろ鯱という魔物自体が初めてだ。上手くいくかどうかもわからない。師匠のお尻に見蕩れてたけど、現実に引き戻されて不安になってきた。
陸が遠くなった頃、舟は止まった。
「これから鯱を誘き出して私が仕留めます。鯱が海面に出るまで三、二、一と数えます。そして鯱が飛び上がるのに合わせて急旋回するので、振り落されないように気を付けてください。狙うのは脳天です。自分が撃つつもりで狙いを定めてください」
舟は静かに前進して、やがて向きを変えて陸の方に向かって速度を上げた。魔力感知で、師匠には海の中にいる鯱が見えてるんだ。
「いきますよ。三、二、一」
舟は大きく傾いて左に急旋回し、さっきまでの舟の進路上に大きくて黒い物が躍り出た。師匠は右手で舵をあやつりながら左手から風の刃を放ち、鮮やかに一発で仕留めた。
浮かんだ獲物に舟を寄せて行くと、確かにこの舟と同じくらいの長さだ。体は魚だけど、顔がいかにも魔物っぽい。師匠はそれを、するするとアイテム袋に取り込んだ。
「あと何匹か私が獲るので、自分でもいけそうだと思ったら言ってください。失敗したとしても気にする必要はありません」
師匠の後に、いよいよあたしが挑戦することになった。あの大きな鯱にあたしの魔法が通じるんだろうか。
「水属性の鯱に対して風の刃は相性がいいので大丈夫ですよ。三から数えるので、それと同時に魔力の溜めに入るといいでしょう」
「は、はいっ」
さっきまでと同じように鯱を誘き出して、逃げる(ふりをする)体勢に入った。違うのは、魔法を撃つのがあたしっていう点だけだ。
「いきますよ。三、二、一」
見事なまでに師匠のカウント通りに鯱が飛び出した。ただ、あたしは体を振られて動揺が収まり切っていない。狙いがブレてもいいように、とっさに風の刃の向きを鯱の中心線に沿った向きから頭を横切る向きに変えて、放った。浅いかと思ったけど、鯱はそのまま動かなくなった。絶命したようだ。
「仕留めましたね。おめでとうございます」
「やった! ……ありがとうございます。ちょっとブサイクになりましたけど……」
「いいんですよ。多分、買取価格は落ちませんから」
その後、わかりやすいように師匠と同じ数だけ獲って引き上げた。
舟は師匠の家じゃなくてそれよりずっと東、村の港に向かっていた。
「このあたりで服を着ておきましょう」
港に入って桟橋に着け、舟を降りた。
「ここは漁業ギルドの管轄です。冒険者ギルドから討伐依頼が出ている魔物ではないので、冒険者としての実績にはなりませんが、お金にはなります」
岸に面した大きな倉庫のような建物に入っていった。
「いよう、久しぶりじゃねえか」
「こんにちは。今日は鯱を多めに獲ってきました」
「鯱か、待ってたぜ」
師匠がアイテム袋から台の上に鯱を次々に出していった。
「十二匹か、大漁だなあ。状態もいい。またよろしく頼むぜ」
金貨がずっしり入った革袋を受け取って、建物を出た。師匠は金貨を数えて半分をあたしに渡した。
「半分ももらっちゃっていいんでしょうか。自力で獲ったなんてとても言えないのに……」
「いいんですよ。魔法を撃って仕留めたのは確かです」
半分に分けてもまだずっしり重い大金を手にしてしまった。確かにこれなら装備を更新できる。
港を出たけど、舟はなぜか師匠の家じゃなく、反対方向の東に向かった。
「お風呂に入ってから夕食に行きます」
師匠の家にも温泉はあるのに、別の所へ行くようだ。考えてみたら、村に風呂があるならそこに入ってそのまま料理屋へ行った方が近いということだろう。
少し東へ進んで、海に突き出た岬を回り込むと、小さな入り江になっていた。その入口の桟橋に着けて舟を降りると、師匠は舟をアイテム袋に入れた。帰り道は陸路ということだろう。そこで服を脱ぐと師匠はタオルを二つ出して、一つをあたしに貸してくれた。
入り江の奥は、岩で海と仕切られた湯船になっていた。先客が数人いる。女の子ばかりだ。
「こんばんは」
「よう、久しぶりだなあ。今日はお連れさんがいるのかい」
「あ……おじゃまします」
「冒険者仲間です。今日は二人で鯱を獲ってきました」
「ほう、やるねえ。じゃあ、あたしらと同じ海の女ってわけだ。歓迎するぜ。あたしらはこの村の海女さ」
「よ、よろしくお願いします」
「まずはあったまりなよ。それにしてもいいカラダしてるねえ」
「えっ……」
そんなこと初めて言われた。あたしは胸もないし、体に自信がないからいつも体の線が出ない服ばかり着ている。元PTの魔法職は二人とも胸が大きくて、しかもそれを強調する服を着てるから、いつも視線を集めてた。
「やっぱ女は尻だよな。いや男もか。小さい嬢ちゃんもそうだが、鯱を獲るほどの凄腕だけあって最高の尻してるぜ」