白昼夢
風が花海棠を揺らす。花弁は高く舞い上がって遠くへ流れて行った。
男は一人、窓辺に座りそれをを眺めた。
『春眠暁を覚えず』
既に昼に近い時刻ではあるが、そんな言葉が頭を過る。暖かな日差しは心地良く、男の微睡みを誘っていた。
男ははっと顔を上げた。気付けば、転寝をしていたらしい。違和感を感じて周囲を見渡し目を瞬かせた。
今迄窓辺に座っていた筈が、いつの間にか知らない屋敷内にいるのだ。
男は窓のない部屋の中にいた。装飾は質素だが上品で、目の前にある机はいかにも高価そうな代物だ。
「──あら、お目覚めですか?」
目の前には女がいた。男の知らない女だが、立ち振る舞いは上品で、良家の娘の様だった。
顔は美女とは言えないが、面立ちは優しげで愛嬌のある。
男が女をじっと見ていると女は首を傾げた。
「私の顔に何かついておりますでしょうか?」
男は不躾だったと思い、首を左右に振ると女それ以上聞かず、そのまま男の前の椅子に座った。
「良い茶葉が手に入りましたの。お気に召すと良いのですが」
そう言いながら、女は自分と男に前に茶器を置いた。女がその中に茶葉を入れ湯を注ぐ。茶器の中は、黄金色の湯で満たされた。
女が言うように確かに香りはよく、茶器の中には白い花が浮かんでいる。
男が飲むべきか迷っていると女は訪ねた。
「お気に召しませんか?」
男が首を左右に振った。
「いや、花が美しいのでもう少し眺めていたい」
困った末に言った事だが、嘘ではなかった。実際この黄金色の中に咲く花は美しい。
「そうですね。この茶は心を休める効果があるそうですよ。見るだけでも心癒やされそうです」
──心を休める茶か……。
女が言う通りこの茶は香りもよく、見た目でも楽しめるこの茶は心が安らぐ。
「うむ。そなたが言う通りだ」
男が女に同意すると女は目を細めて笑った。
「この茶に合う菓子があれば良かったのですが」
「無いのか?」
「ええ、こんなものしか。貴方様には少々庶民的過ぎるかと」
女が残念そうに皿を取り出した。皿の上には変わった形の煎餅が乗っている。
「おい、紙が挟まっているぞ」
男が指摘すると、女は苦笑した。
「はい。これは御籤煎餅というものらしいのです」
「なるほど。では中に入っているのは御籤か?」
「はい。運勢を占う物の様です」
「一つ、貰っても良いか?」
「ええ。どうぞ」
そう言って、女が差し出した煎餅を一つ撮って半分に割った。折り畳まれた紙が一枚出て来た。紙にはこう書かれていた。
『永き冬は終わりを告げ、雪解けと共に春来る』
「どう言う意味だろうか?」
女に意味を尋ねた。
「そうですね……。きっと『辛く苦しい時期は過去の物になり、その痛みや傷が癒えて良き事がやって来るということでしょうか? 良い意味の言葉ですよ」
男は御籤を眺めながら、割れた煎餅を一つ口に運んだ。素朴な甘さが口に広がる。
今度は茶に手を伸ばして一口啜る。
口一杯に甘い香りが広がった。
茶を一杯飲み干した後、再び男を強い睡魔が襲った。
──またか……。
女の前で目眠るのは失礼だと思いつつ、睡魔に抗いながら女の方を見た。
瞼は既に閉じかかっているまぶたを開けようとするりその隙間から微笑む女の瞳が黄金に輝いた気がした。
男が慌てて飛び起きると、男は元の部屋で椅子の上に座っていた。
窓の外には甘い香りの漂う花海棠の木が立っている。
──白昼夢か?
そう思ったが、男がふと自分の掌を見ると掌には先程の御籤が握られていた。




