元老院 其の五
「──梁明月。くれぐれも無茶はしないように」
「分かっていますよ、明鈴様」
元老院・梁義雄の企てにより無月が月の婚約者候補となって2年目になろうとしていた。無月は名を梁明月と改めて義雄の孫となり、それに伴い月の呼び名も字での呼びへと変えた。
しかしながら、兄であり、当主・梁篤明が拒んだ為正式な婚姻までには至ってはいなかった。
「次の任務で当主に認められれば、正式に婚姻出来る。少しは君の憂いも晴れるんじゃないかい?」
「だからと言って、無茶は駄目よ。貴方は腕っぷしは強くないんだから」
明月が美しい顔を隠す為の仮面をつけながらそう言えば、月はむくれてみせた。
「いや、君と比べたら大抵の奴は弱いよ」
そう言って呆れる明月を月は心配そうに見た。
「俺と君が婚姻を結べば、俺は君の手足として動きやすくなる。そうすれば、君の兄さんを支えていける。君の望みだろう? 何としてでも認めて貰わないとね」
義雄に何らかの思惑がある事を月達は感づいていた。それでもその申し出をあっさり受け入れたのは月達にとっても利点があったからだ。
その計画は順調に進んでいた。
だが、その日、何時も以上に気合を入れる明月に月は酷く不安を感じていた。
義雄の孫として訓練を積み、索敵部隊へと入隊した明月は着実にその実績を重ねていた。
元々頭の回転は早く機転が利く彼は隊の中でも優秀だった。
とはいえ、単身で敵陣に乗り込む事もあり、心配は尽きないが、今日は特に得体の知れない不安が全身に纏わりつく。
──嫌な感じ。行って欲しくない。
胸のざわつきを悟られない様に明月を抱き締めた。
「明鈴様?」
驚いて明月は体を強張らせたが、直ぐに力を抜いた。
「大丈夫。今回もちゃんと戻って来るさ」
「ええ、ちゃんと帰って来てね」
その約束は確かに果たされた。最悪な形で。
──その夜、明月は命を落としたのだ。




