元老院 其の一
「──今、お帰りですかな?」
その声に月と羅秀はギクリと肩を揺らした。
──なんて間の悪い。
「ええ、少し、出掛けていたの」
内心で苦虫を噛み潰していると、声の主は好々爺然とした佇まいで語りかける。
「警戒せずとも、当主に告げ口など致しませんよ。ですが──」
その視線が後ろの二人──無月と凱に向けられる。その鋭さに二人は身を竦ませた。
「遊びは程々になさって下さいませ。大事な御身ですから」
「彼等はそういう者ではありませんよ。正式に我が門下に加えようと連れてきたのです」
月がそう言えば、彼は態とらしく雰囲気を和らげてみせた。
「左様でしたか。気分を害された様でしたら、申し訳ありません。もし、お困り事が有れば、この私目に一声おかけ下さいませ」
そう言って去って行く初老の男の背中を見送りながら月は眉間に皺を寄せた。
──細心の注意は払っていたけど、見張られていたかしら? 矢張り一筋縄ではいかないわ。
自身の甘さに内心で舌打ちをした。
「あれは誰だ?」
「俺達は歓迎されてない様だな」
面食らう二人に対して、秀が代わりに返答した。
「あの方は元老院の梁義雄様です。烏白の大叔父に当たります。まぁ、あの人は元々ああいう人なんですよ。あなた達を連れてくる事は急遽決まった事ですが、子峰さんから烏白のお父君に話は通してありますから心配はありません」
少しほっとした様子になったが、月の家に到着するまで終始無言だった。
✧✧✧
「──阿月、これは一体どういう事だ」
「まぁ、兄上落ち着いて」
家に帰ると何故か兄が二人とも家にいた。
──梁義雄が?
そう思ったが、原因は父母の方だった。彼等は無月と凱を客間に通すと月、羅秀、子峰の三人を並べて座らせた。
「阿月、お前には窮屈な生活を強いている。だから、今までお前の行動を必要以上に制限してこなかった。だがな、お前はもう成人した。年頃の娘が若い男を連れてくるなどはしたないと思わないのか?」
「私はただ兄上の役に立ちたかったのです。それに若い男というなら羅秀だって」
「羅秀は素性が分かっているし、分を弁えている。はぁ、羅秀、孫子峰、本来ならお前達が止めるべき役目だろう」
怒りの矛先が羅秀と子峰へと向かう。
「申し訳ありません。ですが、彼等と月様の間に色恋などは」
羅秀が何とか弁明しようとするが、それは篤明の怒りに油を注いだだけだった。
「当たり前だ! 大事な妹を何処の馬の骨とも知らん奴にやってたまるか!」
「兄上落ち着いて!!」
「早急に嫁ぎ先か、婿を探さなければならんな」
怒り狂う篤明とそれを止める篤実の横で養父は項垂れていた。