廃墟の幽鬼 其の四
──「行かない」と、そう一言言えば良いだけだ。
けれど、無月はその一言が言えなかった。迷っている自分がいたのだ。
その自分自身に内心で酷く動揺した。自身でも知らぬうちに彼等を信用するようになっていたのだ。
だから、見鬼の才の話を烏白に出された時は、裏切られたと感じたのだ。
──信じる方が馬鹿なんだ。
そう思い、烏白が何処か良家の子息であると薄々感じつつ、それを自身も利用しようとしていたにも関わらずだ。
──行きたい。
「うちに来てもらう」と言われた時、不覚にもそう思ってしまった。だが、その分今まで血の繋がらない自身を
守り面倒をみてくれた凱に対して、申し訳無さで一杯になった。
「幾らだ?」
無月は烏白を真っ直ぐに見て言った。最初にした問と同じ問だ。
「君の望むだけ。ただ、僕自身の財産はそう多くない。それを超えるなら待ってもらえると助かる」
躊躇いなく言い切った烏白にその場にいた全員が唖然とした。
──俺に自身の財産全てを差し出すのか!?
驚きと呆れで無月の口から思わず笑いが漏れる。それを了承と受け取ったのか、烏白も口元に笑みを浮かべた。
「決まりだね。さぁ、無月、凱。君たちの気が変わらない内にさっさと仕度してくれるかな?」
「ちょっと待て、俺も!? 無月だけを連れて行くんじゃないのか?」
これには凱は目を瞠ったが、烏白の方はこてんと首を傾げている。
「さっきから言ってるじゃないか。あの廃墟には幽鬼が住み着いてる。もうあそこには住まない方がいい。そうなると君だって住むところがなくなるだろう? 君は腕も立つし、きちんと訓練すればうちで十分働けるよ」
当然の事のように言う烏白に凱は呆然としている。その横で無月は首を吊った女の姿を思い出していた。
「なぁ、あの廃墟の幽鬼はどうなる?」
「放置するよ」
「放置?」
「別に退治依頼も来てないし、あの幽鬼はあの場所から動けない。人が寄り付かなければ問題は起きないさ。現に君達は長らくあの場所で暮らしていて問題はなかったでしょう?」
「急に強くなったのは気になるけど」という烏白の小さな呟きは無月の耳にはには届かなかった。
──あの幽鬼はそのまま。
そう考えた時、あの女の苦しげな声が聞こえた気がした。
「烏白。お前も名家のものなら祓う事は出来るだろう? あの人をあの場所から解放してやれないか?」
考えるよりに先に出た言葉だった。少し考える様子を見せたものの烏白は「それが君の望みなら」と当然の事の様に了承した。




