村の伝承 其の一
「──旅のお方が私めに何の用ですかな?」
親子と別れてから、羅羽が村長の家を尋ねると、腰の曲がった老人が出迎えてくれた。どうやら彼が村長らしい。
「はい、この村の村長殿は物知りだと耳にしまして、お話を伺いたく参りました」
「はて? 確かに長く生きておりますので、此処いらじゃちっとばかし物を知っているでしょう。ですが、所詮は田舎の老いぼれ、旅のお方が一体何を聞きたいのやら」
村長はそう言って首を傾げながらも、羅羽を招き入れると囲炉裏の前に座らせ、自身も対面に座った。
羅羽は自身が学者である事、奇怪な出来事や噂を集めている事、神獣の話を聞いてやって来た事を村長に説明した。
「──では、神獣様について知りたいのですかな?」
「はい、是非とも!」
「全く変わった御人だ」
羅羽が興奮気味に頷くと村長はやや呆れた顔をするも、神獣に纏わる話を始めた。
「ふむ、我が村に伝わる神獣様の話でもしようかねぇ──」
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──これは、この村に古くから伝わる話である。
神獣様が現れてから、村は妖魔に襲われる事はめっきり減ったが、相変わらず貧しい暮らしをしていた。
それでも、妖魔に怯えて暮らす必要が無くなった分、村では、以前よりも田畑を耕す事が出来るようになっていた。
ある日、とある夫婦が田畑から帰ると5つになるかならないかの子供の姿がない。他所の家に遊びにでも行ったのだろうと思い、近所の者に尋ねてみると誰も知らないと言う。
慌てた夫婦は村の方方に尋ねて周った。
「──その子なら、見たよ」
「本当かい!? 何処で見たんだい?」
すると、山の近くで、夫婦の子供を見たという子が現れた。
夫婦も村人も顔を青褪めさせた。
何せその子供が言う山は数多の妖魔の出る妖魔山の事であったからだ。神獣様のおかげで妖魔に襲われる事は減っていたが、山の中までは分からず、以前ならば年端もいかない子供は妖魔に直ぐに食い殺されていただろう。
「坊や、本当に山の近くで見たのかい?」
「うん、虫か何かを追いかけていた様だったよ」
村人達は迷ったが、山の中を捜索する事にした。だが、いざ山の中を捜索しようとすると、居なくなった子がふらりと戻って来たのだ。
夫婦は我が子が戻って来た事を喜んだと同時にその子供が抱えている果物の山を見て不思議思い尋ねた。
「お前、その果物の山はどうしたんだい?」
すると、子供はこんな話をした──。