廃墟の幽鬼 其の一
──憎い、憎い……。
ギッギと木の軋む音と共に女の呻くような声がした。聞いたことの無い声だ。
──あの方が憎い。
絞り出すような声で女は己の怨嗟を吐き出している。
──どうして迎えに来て下さらないの……。
その悲しげな声に同仕様も無く胸が苦しくなった。
✧✧✧
「──月様?」
自分を呼ぶ声に月ははっとする。どうやら自分はうたた寝をしていたらしい。
「お顔の色が優れないようですが、具合は如何ですか?」
「寝付きが悪いだけよ」
茶を出しながら言う子峰に月は苦笑いを浮かべた。
原因は夜遅くまで起きて裁縫をしているからだろう。目隠しをしている為、昼でも夜でも関係なのは有り難いが、ついつい夜遅くまでしてしまうのは良くないだろう。
「夜更かしは程々になさってくださいね」
「ええ、気をつけるわ」
「ところで、今日は彼等の元に行かれるのですよね」
「今日は納品なのよ」
「業々、月様が行かれなくても羅秀殿に全て任せたらよいのでは?」
勿論、秀に全てを任せる事も出来る。しかし、月がいれば手直しなどその場で出来ることもあるのだ。羅秀に頼んだ分矢張り何もしないのは気が引ける。
それ以外にも気になる事もあった。
花街という場所の特異性もあるのだろうが、あの周辺には色々と多い気がするのだ。
その場所の一つが花街で出会った無月の仮住まいとしている廃墟であった。
──無月も凱も長らくあの場所に住んでいる様だし、悪い影響はないのかも。
そう思いつつもぶらりと垂れ下がった白い足とあの木の軋む音を思い出す。
──あの幽鬼、少しずつ強くなっているような気がするのよね。
目隠しをしていてもはっきりと視認出来る幽鬼の姿は見ていて気持ちの良いものではなかった。その姿からも何かしらの未練を残して死んだ妓女であるのは見て取れた。
──あちらは此方に気が付いていないようだからまだ大丈夫よね?
彼女の狙いは矢張りあの廃墟に住んでいる二人の方だろう。
──害が無ければ、放置したのだけれど、万が一があってはいけないもの。
月はそっと祓魔の符を懐に忍ばせたのだった。




