2つの噂 其の一
ギッギッと規則的な音を立てて木が軋む音がする。視界の端には白い足が二本ぶら下がっているのが見えた。それが生きている人間のものでないのは明らかだった。恐る恐る視線を足から上とやる。薄汚れた赤い着物、長い髪、白い女の顔が視界に入った。
乱れた髪の隙間から見える顔は舌をでろりと出し、目のある場所には黒い穴が開いているだけだった。
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「──眠そうだね」
そう言われ微睡みから意識が戻った月は小さな欠伸をした。
「今朝は夢見が悪くてね。何だか寝た気がしないんだよ」
「それなら僕一人で来たのに。今日は礼金を渡しに行くだけだろう?」
無月と凱のおかげで見事取引先を見つけられたのはいいが、戻らねばならない刻限になっていた為、礼金を渡す事は出来なかった。楼主に言伝を頼んで後日礼金を渡す約束をしていたのだ。
「ただ最近気にかかる事を聞いたからね。君に何かあっちゃ困るから、念の為だよ」
月が言うと思い当たる節があったのか、羅秀は「ああ」と声を上げた。
「もしかして見世物小屋の事かい? きな臭いって話だけど、そこまで危険は思えないな」
「違うよ、子供が消えるって話の方だよ。というか、見世物小屋って?」
秀の話によると花街の近くにある長屋の一角で捕えた妖魔の子供を見世物にしているそうだ。世辞に疎い月は初耳である。
「子供が消えるって話は眉唾ものだろう? 実際、消えた子供なんていないって」
月は眉を顰めた。
「なら、見世物小屋も眉唾ではないの? あのお喋りな花魄達が騒いでなかったよ」
かしましい彼女達が妖魔が攫われるのを見ていたら、直ぐに騒いでいる事だろう。そして、月の耳にも入っている筈だ。きっと、妖魔を捕らえて見世物にしているというのは嘘なのだろう。
「まあ、関わらないのが一番だね」
「確かに」
そう結論づけた秀に月も同意する。
これからは着物の取引で忙しくなるだろう。面倒事は御免である。
そう思っていた矢先──。
「──最近、浮浪児が消えてるんだよ」
そんな話が二人の方に舞い込んで来た。




