妓楼の怪異 其の三
「──随分と上手くいくものだね」
秀はぐったりととした生き物を抱えた月に疑いの目を向けた。
──上手く行き過ぎている。
「確かにね。日頃の行いが良いからかな?」
冗談めかしていう月に秀は疑いの色を強めた。
「そろそろ種明かしをしてくれないかな?」
そう言えば月は苦笑する。
「種明かし、ね。本当にそんなものはないのだけれど」
そう言って腕の中の生き物に視線をやり、話し始めた。矢張り、種はなくても何かしら裏はあったらしい。
「実は此処に来る少し前の事なのだけれど……」
✦✦✦
その日は養父母も側仕え二人も留守にしていた。
家人がいなくても一通りの事は出来る為、月にとっては大した問題ではない。
一人家で気ままに過ごすだけである。
「──御免下さい」
昼下がり玄関の方で呼ぶ声がした。
来客の予定などなかったので、首を傾げながらも影から玄関の様子を伺うと二人の子供を連れた夫婦らしき男女が玄関先に立っている。
心当たりのなかった月がこの親子の様子を伺っていると、月の存在に気が付いたらしい夫婦が声をかけて来た。
「お嬢様でお間違いありませんか?」
この家でお嬢様は月しかいないが、そんな事を尋ね「」る者は基本的にいない。さらに妙な事に夫婦からは獣の特有の匂いがする。その獣の臭さに月が顔を顰めると、夫婦はひっと息を呑んだ。
慌てて逃げようとする夫婦を月は思わず呼び止めた。
「お待ちなさい。何か用があったのでしょう?」
夫婦は雰囲気をパッと明るさせ、「実は」と話し始めた。
夫婦にはもう一人子供がいるが、目を離した隙に行商の馬車にのって行ってしまったらしい。探そうにも見ていたのは子供達だけでどの馬車に乗って何処に行ったかも分からないらしい。
「それは詰まる所私に貴方方の子供を探して欲しいということかしら? そもそも私は貴方達と知り合いでもないのよ。どうやって探せと言うの?」
月が断ろうとすると「ですが!」と夫婦は言い募る。
「お嬢様なら見つけてくださると古椿の霊が言っていたのです!!」
その言葉を聞き、月は気が遠くなった。どうやらあの古椿の霊はかしましい花魄達に負けず劣らずお喋りらしい。
「お嬢様は古椿の霊の探し人を見事に見つけ出したのでしょう?」
「それは何年も前の話よ」
どうにか断ろうとする月に夫婦はさらに言い募った。
「花神様にもお伺いを立てましたら、『訪ねてみよ』と仰言っていらっしゃいましたよ」
「…………」
花神を出され、月は二の句が継げなかった。花神自身に『探してやれ』と言われなかっただけマシだろう。花神は月に加護を与えている神である。断る事は難しいだろう。
月はその夫婦に「見つけたら知らせるが、期待するな。自分達でも探して下さい」と言ってどうにか帰って貰ったのだ。
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「──山へと帰る途中の足音から狐狸の類だろうと思ってはいたけど、どうやら正解だったみたいだね」
月は腕の中の生き物──仔狸を見て苦笑した。
「花街へ行く行商の馬車に乗ってしまったのか。全く人騒がせな」
「これであの夫婦狸も安心するだろう。何か嵌められた気もしない事はないけど」
そう言って月は溜め息を吐いた。