妓楼の怪異 其の二
「──これだけ獣臭ければ流石に分かるよ」
そう言われ秀は首を傾げた。獣の匂いなど全く感じなかったからだ。
「獣の匂いだって? そんなものしないよ?」
秀が言えば今度は月の方がこてんと首を傾げた。彼女には随分はっきりと感じ取れるらしい。彼女自身感覚が鋭敏なのは理解しているようだが、当たり前の事で忘れるらしい。
「妓楼に入った時から獣の匂いがぷんぷんしてたんだけどな」
「で、この怪異の原因の獣の正体は何なのさ?」
秀は納得できないと不服そうな月に本題を促した。
「それは捕まえてみてからのお楽しみだよ」
態とらしくニヤリと笑ってみせたので、秀は酷く呆れてしまった。
──全く取引がかかってるというのに。
──トトトッ!
「「!」」
そんなやり取りをしていると廊下端から何かが駆け回る音がした。これが楼主の言っていた怪音だろう。軽い足音は子供が走り回っている音にも聞こえる。
「馬角! 反対側に回って挟み込もう!」
「危険はないんだよね!」
「大丈夫だよ!」
秀があっと言う間に月の姿は消えていた。秀は渋々だが、音がした方向とは別の方向に駆け出した。
「きゃ! 何なの!?」
「すみません!!」
すれ違いざまに何人かぶつかったりして悲鳴を上げられるも構ってはいられず、走り抜ける。廊下を走り抜けた先で秀は目を見張った。
目の前にいたのは月だけだったからだ。
「逃げられた?」
月は秀の腕を掴み顔を近付ける。驚いて身を引くも月は
「馬角、誰かとぶつかった?」
「え、ああ何人か」
「それ全員覚えてる?」
尋ねられた秀は首を縦に振った。記憶力だけは良いのだ。秀は楼主に頼みすれ違った妓女と童女を集めてもらった。
「どうだい?」
秀は小声で訊ねると月は妓女達の方へと歩き出した。3人の妓女の前を通り過ぎ一人の童女の前でピタリと足を止めた。
そのままくるりと童女の方を向くと微笑む。
「君が怪音の正体だね?」
──ドッ!!!
と爆発音が響き、その場に悲鳴が起こる。
童女は可愛らしい娘の姿から一瞬にして恐ろしい化け物へと変わっていた。
周囲は阿鼻叫喚に包まれるかと思ったが、ゴッという鈍い音とともに小さな茶色い生き物が転がっていた。
月はそれをひょいと拾うと楼主に見せて言った。
「楼主、これが怪異の正体です!」
そこではっとした秀はすかさず書状を出してこう言った。
「これで契約成立ですね!」
楼主も妓女達も呆気に取られたまま立ち尽くしていた。