花街 其の五
──ガッ!!
それは一瞬の出来事だった。
殴りかかった筈の無月の兄貴分だという男は気が付けば地面に組み敷かれていた。それも馬角にではなく、小柄な烏白の方にである。
「クソッ、どきやがれ!!」
悪態をつく彼は起き上がれないらしく、その場でジタバタと足掻いていた。その光景に無月は唖然としてしまった。
──兄貴を一瞬で?
彼も用心棒をするだけあって決して弱くはないのだ。
「ちょっと、暴れないでよ! ねぇ、無月。この人は君の知り合いなのっ!?」
烏白の問いかけにはっと我に返った無月は慌てて二人の間に割って入った。
「こいつがお前達に紹介しようとしてた俺の兄貴分だ! てか、兄貴も何でいきなり殴りかかったりするんだよ!?」
「はっ、紹介? こいつ等はお前を殴った奴の仲間じゃないのか?」
起き上がった彼は不服そうに二人を指さしている。どうやら彼は烏白と馬角を先日無月に絡んで来た連中だと早とちりしたらしい。
「俺がこんなちびっ子とひょろい奴に負けると思うのかよ」
そう言ったものの、目の前で一瞬にして自分よりも上背のある男をのした烏白相手には全く説得力がなかった。
その後ろで何とも言えない顔をしている馬角が気にかかった。
──武芸の嗜みがあるは烏白だけなのか? 烏白は馬角の護衛? とてもそうには見えないけど……?
二人は商人だと聞いていた為、違和感を感じながらも無月は兄貴分の凱に理由を軽く説明した。
「そんな割の良い話があるのか?」
彼はジト目で無月を見つつ,小声で言った。彼は冷静で頼れる男であったが、無月が絡むと途端に過保護になる。
「道案内をしただけで、これだけくれた」
指で金額を示すと凱は目を瞠る。
「何か裏があるんじゃ」
更に眉間の皺が濃くなった。安心させるつもりが逆効果だったようだと悟り、無月は慌てて言い繕う。
「本当に世間知らずの坊っちゃんが商人の真似事をしてるだけかも。隠しちゃいるが、品も良いし。金も入るんだし、様子を見よう」
納得しない兄をどうにか言い含め、楼主に口利きをしてもらう約束取り付けた無月はほっと息をついた。




