花街 其の三
「──もう少し警戒心を持って下さい! 全く無月みたいな人ばかりではないのですから!」
「わかっていますよ」
そんなやり取りをしながら彼ら──烏白と馬角は去って行った。
最初、無月に対して警戒心を露わにしていた馬角だったが、誤解が解けると商売柄か親しみやすく無月ともあっさりと打ち解けた。
──変な奴等。
そんな事を思いながらも良い気分になった無月は、行く当てもないので寝床にしている廃墟──潰れた遊郭──に戻る事にした。
廃墟に辿り着いた無月は僅かに肌が粟立つのを感じ、しまったとばかりに舌打ちをした。
──迂闊だった。
黄昏時、赤く染まった室内にはギッギッと木の軋む音が響いている。
視界の端に白い足が二本ぶら下がっていた。生きている人間の足ではないのは一目瞭然だった。
無月はその足を見ない様にゆっくりと視線を逸らした。
一度興味本位で足から上を見たことがあるが、そこには口からだらりと舌を垂らした生気のない女の顔があった。とても気持ちの良いものではない上、暫く頭から離れなかった。それ以降、足から上は見ない様にしている。
暫く目を瞑ってやり過ごしていると日が暮れる頃には木の軋む音も女の死体も完全に消えていた。
あれは幽鬼なのだ。黄昏の一時だけ現れる女の幽鬼。
特に危害を加えられる事もなく、黄昏時の一時を除けば、現れることもないので無月はその時間帯はこの場所に寄り付かない様にしていたのだ。
──妙な奴等に会ったせいだな。
それを忘れてしまう程、浮かれていた自身に呆れながら無月は床に横になった。殴られた身体はまだ痛み、天井を見上げる形で横になった。
先程まで女がぶら下がっていた天井には何も無く、真っ暗な闇があるだけだ。
壁の隙間からは煌煌と花街の灯りが差し込む。一見華やかな場所だが、一歩裏路地へ入れば、破落戸や夜鷹もいる。病を患ったり、先程の女の様に首を括って自ら命を絶つものも多いだろう。
あの様な幽鬼もきっとうようよいるだろう。
──嫌な場所だ。
そう思いながら、別の場所に行けない自分に虚しさが募る。不意に今日会った二人組が脳裏を過った。
──また、会えるだろうか。
妙な期待を抱いている自身に無月は自嘲の笑みを浮かべた。
──大丈夫、俺には兄さんがいる。
そう思う事でその感情を振り払った。




