花街 其の二
「──痛ぇ」
切れた唇がじくじくと痛む。無月は路地に座り込んだ。蹴られた腹も痛む。理由は大した事では無かった。
「──大丈夫?」
自分の上に影がかかり、言葉が降ってきた。無月が気怠げに顔を上げると品の良い少年が立っている。目を患っているのか、布で目元を覆っていた。
「何だい?」
──良いとこの坊っちゃんか?
無月は訝しげに相手の様子を伺った。
「君、血の匂いがする」
そう言って無遠慮に手を伸ばされた。無月は身動きが取れず、目を瞑るしかなかった。
「いっ!」
口元に何かを押し付けられ、ピリッとした痛みが走る。彼が手を伸ばした手には手拭いが握られており、無月の唇を拭ったのだ。
「ああ、すまない」
全く悪気の無さそうに言うものだから、無月は毒気を抜かれた気分になった。
「花街は初めてかい?」
問いに少年は首を縦に振った。興味本位にやって来たはいいが、道にでも迷ったのだろうと無月は検討をつけた。
「道案内してやるよ。高く付くけどな」
そういえば彼は静かに彼は頷いた。
「にしても、何であんな場所に迷い込んだんだ?」
無月が訊ねると相手は少し考えてこう答えた。
「何か綺麗なものがあるって、思った。気が付いたらそちらに足が向いてた」
少年の言葉に無月は面食らった。確かに無月の顔は非常に整っていた。卵型の顔に切れ長の瞳、鼻筋は整っており、女であれば上級娼妓になれただろう。
しかし、この者は目隠しをしており無月の顔などわかる筈もなく、無月は首を捻った。
──これはどういう状態だ?
裏路地から離れて、気が付けば無月は少年と山査子飴を頬張っていた。少年は烏白と名乗った。友人と逸れたらしい。
「美味しい」と言って山査子飴を齧る少年を横目で見ていると何だか憎らしくなってきた。
「ねえ、友人を探さなくて良いのか?」
無月が少し苛ついた声音で訊ねると、少年はこてんと首を傾げた。
「してるでしょ?」
「いや……これは探してると言うのか……?」
買い食いを楽しんでいるようにしか見えない彼に不思議そうに言われ、無月は何も言えなくなってしまった。
──調子狂う!
「もしかして!」
はっとした様子の少年にやっと気付いたかと無月が目を向けると、彼はいそいそと財布を取り出していた。
「お金が足りない?」
「…………ゔ」
これには無月の方が慌てた。実は既に少年からは十分な額を貰っていたからだ。少年を騙して掠めとる事も出来たが、この少年に対してはそういった気は起こらなかった。
──駄目だ、コイツ! 放っておけない!
無月自身、実は面倒見の良い部分があり、この世間知らずな少年を一人にする事が出来なかったのだ。
「はぁ、金は足りてるよ」
「そっか! なら、良かった!」
人懐っこく笑う少年に無月は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
──コイツは何をしに来たんだ……?
✧✧✧
「あ……烏白!」
花街をブラブラと二人して歩いていると人混みのかなから一人の少年が慌ててやって来た。烏白よりも背の高い少年で、此方も品の良い少年だった。中々顔の整った少年だった。
「馬角!」
烏白が手を振る。やって来た少年は烏白と無月の間に身体を滑り込ませた。
「この人は?」
烏白を背に隠すようにする馬角に無月は面白くないとばかりに顔を顰めた。ふと、悪戯を思い付いて烏白の手を引くとそっと手を腰に回した。
「お前こそなんなんだい? 折角の楽しい時間を邪魔してくれるなよ」
「烏白!?」
馬角がさっと顔を青褪めさせるが、それも烏白の一言で台無しになってしまった。
「うん? 彼は道案内をしてくれたんだ! 一緒に山査子飴も食べたんだよ」
「烏白……」
「君ね……」
無月は馬角と顔を見合わせ溜息を吐いた。