花街 其の一
二人は計画を立て、密かに花街へと出かける準備を進めた。
子峰あたりは気が付いているようだったが、どういう理由か彼は密かに月の準備に協力してくれている。有能であり、月には勿体無い従者である彼の考えは未だに読めない部分がある。
──花街に行く当日
「──阿月、くれぐれも私から離れないで下さいね」
「さっきも聞いたよ」
男装した月は、羅秀から今日何度目かになる忠告を受けていた。
彼も彼なりに緊張しているだろう。この商売が上手く行けば、月だけでなく秀にも利があるのだ。
とはいえ、月達が花街を訪れるのは昼間、まだ店の開いていない時間帯であるし、月は男装して商人の振りをしている。そこまで気負う必要があるのかと思いもする。
──多分、子峰はこっそり着いてくるのだろうし、伝えるべきなのかしら……?
「阿月、聞いていますか?」
「ちゃんと聞いているよ」
──伝えなくて良いか。
そう結論付けた。
彼は慎重で思慮深い性格ではあるが、時折大胆な行動に出る。それは月も同様であり、子峰という有能なお守役がいるとなれば、突飛な行動に出る事も考えられたからだ。
──“月様、決して無茶をしてはなりません”
それは正式に秀が月の遊び相手と認められた時に子峰が言った言葉である。
──”月様は決して弱くはありません。ですが、秀殿は違う。今後、月様が危ない目に遭えば、秀殿も巻き込まれる可能性もあるのです“
実体験がある分、その言葉は幼いながら身に沁みた。
それ以降、危険な真似は比較的避けて来たつもりだ。秀は、商家の跡取り息子だ。何かあれば、洒落にならない。
──でも、今回は私の存在意義にも関わるのよ。
月は成人を迎え、字と守刀を貰ったが、今まで通り、本邸から離れた場所でひっそりと暮らして行く事も出来る。その方が望ましいのかもしれないという思いもある。
──ただ生きるのは嫌。
月はそれを良しとはしなかった。
「──阿月、着いたよ」
秀の声で呼び戻された。考え事をしている内に花街の入口へと着いたらしい。門の向こうは華やかな街が広がっている。
──大丈夫。危険な事はしないわ。此処での商いが上手くいかなくても、次の手立てを考えれば良い。
そう思い直し、月は秀と共に門を潜った。




