名案
「──本当?」
月は秀との距離を詰め、誰にも聞かせまいと小声で尋ねた。
「ええ」
秀が小声で返答すると月はごくりと唾を呑み、秀の言葉を待つ。
「──花街に行ってみませんか?」
「え?」
一瞬、秀の言った事が分からず月は惚けてしまった。花街とは殿方が色を買いに行く場所だという認識しかなかった為にそれが月の望みとどう繋がるか分からなかったのだ。
月の望みとは、兄である梁篤明の、引いては梁家の役に立つことであった。
「阿月、君は梁家の役に立ちたいと仰いましたよね」
呆けている月の為に秀は説明する。
「そこで君はこうも言った。お金を稼ぐ手段が欲しいと」
良家の娘である月は本来働く必要などない。しかし、月は家の為に良縁を結ぶことはできないだろう。それでは月は何時までもお荷物のままになってしまう。
月はそれを厭うた。そこで月は考えた。
──方法は何でも良い。家に貢献出来る事を探そう。
幸い月には商家の友人がいた。月にも稼ぐ手段が無いか尋ねたのだ。
その返答が花街とは。
「阿月、お金を稼ぐのは簡単じゃない。でも、君には一つお金になる才がある。裁縫の技術だよ!」
秀にそう言われ月はピンとこなかった。
裁縫は手習いの一つではあるが、月は当然自分の作品を見たことがない。分かるのは手触りだけだ。
「でも、それが花街とどう関係があるの?」
「高級妓女になれば高価な着物を身に着けるだろう?」
「妓女に着物を売るとでも、何故妓女なの? 名家の婦人に売った方が良いのではないかしら?」
秀の言う事も分からないではないが、それは妓女でなくても良いはずだ。
「高級妓女の客はなるのは?」
秀は月の問には答えず、逆に尋ねた。そこで、月ははっとする。
「名家や大商人!」
「そう! 月の仕立てた着物を妓女が着る。それが、名家や大商人の目に留まれば販路を拡大出来るというわけだ!」
少々、虫が良すぎる話ではあるが、上手く行けば良い得意先になるだろう。
秀は声を顰めて更に続けた。
「それだけじゃない。色んな情報も集まってくる。情報は武器なる。一石二鳥だろう?」
それを聞いた月は目隠しの下で目を瞠った後、口を三日月の形にした。
──矢張り持つべきは商人で頭の切れる友人だ。
心底この友人を誇らしく思った。




