名医 其の二
李宇軒は寝付いた子供の顔色を見る。顔色はまだ悪いが徐々に回復している様子が伺えた。
子供が持っていたあの悍ましい呪い剣は強い護符でどうにか封じているが、何時術が解けてもおかしくない状態である。また、自身の邪眼の影響も鑑みると油断はできない。
宇軒は看病を続けながら、奇妙な縁もあったものだとあの椿の霊にあった時の事を思い出していた。
──あれは嵐の夜だったか。
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──16年前
その年は妖魔が多く出没していた。妖峰山──妖魔の湧き出るという山の麓は特に多く、決して強力ではないが近隣の町村でも被害が多く出るようになっていた。
妖峰山に関しては黄家と梁家が共同で調査していたが、調査は妖魔の多さに難航していた。
怪我人も多く出て医者不足が深刻化、更には医者を騙り法外な医療費を毟り取る無法者も現れ、医師として高い志を持つ宇軒はその状況に憤慨していた。
そんなある嵐の夜の事である。
宇軒は仕事を終えて黄家に帰る道中一人の怪我をした老婆と侍従に出会った。彼女の怪我は酷くは無かったが、嵐の中山を越える事は難しかった。
「どうしましょう……妊婦は既に産気づいているというのに、何と情けない」
「私は医者です。もしよろしければ、私が代わりに参りましょう」
他に用事もなかった宇軒は彼女の代理を申し出たのだ。宇軒は侍従に地図と文を書いて貰い直ぐに妊婦の家へと向かった。
宇軒は妊婦の家へと向かう道中、妖魔の出ると有名だった山を通る事にした。迂回しても良かったのだが、それでは倍の時間が掛かる。万が一の場合を懸念をしてその道を選んだのだ。椿の霊に遭遇したのは、その道中であった。
椿の霊は人語を介する強力な妖魔ではあったが、導士としても有能であった宇軒は彼女の隙を付き、封じる事に成功した。
──これで暫くは安心だろう。妖魔が出ると既に有名になっているし、他の誰かが見つけて退治るなり、始末はつけてくれるだろう。
そう思いその場を後にした宇軒ではあったが、その後の黄家とのごたごたで破門されたりと色々あった事もあり、椿の霊の事などすっかり忘れていたのだ。
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──古椿の霊といい、あの霊狐といい、妖魔絡みとは奇妙な縁もあったものだ。この娘とはもしかすると長い縁となるやもしれんな。
宇軒はこの奇妙な結びつきをしみじみと感じていた。