化け猫 其のニ
「──楽さん可哀相!」
羅羽がそこで一端言葉を切ると、子供が悲痛な声を上げた。
「これは化け猫の話じゃなかったのかい?」
一方の母親の方は羅羽を訝しげに見ている。羅羽はにっこりと笑みを浮かべ言った。
「勿論化け猫の話です。大事なのは此処からです」
✧✧✧
──楽と楽の母親が亡くなってから暫くの事。周家の娘・紅蘭と地主の息子の婚姻が決まった。
この話は瞬く間に広まったが、同時にとある噂も広まった。
──地主の息子は楽に罪を着せた。周家の娘を襲おうとしたのは、地主の息子なのだ、と。
その頃から地主の屋敷では奇妙な事が起こるようになった。
深夜、下男が見回りをしていると門をガリガリと引っ掻く音が聞こえる。猫でもいるのかと思い、生け垣隙間から外を覗き、ひっと息を飲んだ。
巨大な目玉が屋敷の中を覗いていたのだ。驚いた下男はそのまま気を失い、明け方他の使用人に発見された。この下男の話を皆夢でも見たのだろうと笑った。
しかし、この下男同様、屋敷を覗く化物を目撃する様になったのだ。
──楽と楽の母親の祟りだ。
化物を恐れた使用人達は次々と暇を出した。この事態に地主は名門の、とうとう地主の家から使用人はいなくなってしまった。
最期の使用人が暇を出したその夜。
「──根性の無い奴らめ!!」
地主の息子は腹を立てていた。
「そう言うではない。今夜には、高名な導師様が来てくださる事になっているし、怪異が落ち着けばまた使用人も戻って来る」
地主は諭す様に言うと、門を激しく叩く音がした。
「道士様だろうか?」
地主が頸を傾げながらも門を開け、目を見張った。ぼろぼろの男が3人家の前に転がる様に入っていたのだ。背には何か大きな獣にでも引っ掻かれた跡があった。
「お前ら、なんで家に来たんだ!!?」
地主の息子は男達を見るなり、怒声を上げた。
「助けてくれ!」
「お前のせいで、俺達は襲われたんだぞ!」
その言葉を聞いた地主ははっとして、息子を振り返った。
「まさか、お前、あの噂は……本当だったのか!? 何て事を!?」
地主は息子の素行が悪い事は承知していた。だが、矢張り親の贔屓目というのもの合ったのだろう。自身の息子がそこまでするとは思っていなかったのである。
「彼奴が、楽が悪いんだ!」
呆然とする地主に息子は言い放った。
──ガリガリガリガリ。
その時、屋敷の塀を引っ掻く音が響いた。
「ヒィッ!!」
「──これは、やはり楽の祟りだったのか! すまない楽よ!」
身を縮める男達。地主は膝を付き、手を合わせ必死に祈った。
「くそっ! 根性なしめ!」
地主の息子は納屋から斧を取り出し、門の外へと飛び出した。
「おい、よせ! 止めるんだ!!」
地主の静止も虚しく、数秒も経たぬうち地主の息子の悲鳴が上がった。
地主は慌てて立ち上がり、息子を追って門を出た。
地主の目の前にいたのは金毛の巨大な猫。その猫は楽の家で悲しげに鳴いていた猫によく似ていた。
その足元には夥しい血を流し倒れた息子の姿。
猫の爪が地主へと襲いかかった。
「ヒィッ!!」
──喰われる!!
地主は死を覚悟した。
しかし、間一髪駆けつけた道士達に退治され、かろうじて生き延びた。
地主はその後、周家に事実を話した。
紅蘭と共に楽と楽の母親、そして愛猫の供養を行ったそうだ。