妖狐 其の四
「──お母様?」
月は恐る恐る尋ねた。すると、奥にいた母らしき女は月の手に優しく触れた。その手は養母のものと違い酷く痩せており、酷く冷たかった。
「お母様? どうしてこんな寒い部屋にいらっしゃるの? どうして誰もいらっしゃらないの?」
月は矢継ぎ早に母に尋ねた。
「月。私は貴女が此処を見つけ尋ねてくると思っていました」
「え?」
母は月の問には答えずそう告げた。月は困惑した。知らず知らず格子を握る手に力が入る。
「貴女は……、貴女はお父様の無念を晴らす為に生まれたのです。貴女が生まれたあの日、あの時、貴女の父は黄家の手により非業の死を迎えた」
月の知らない話だ。月は恐ろしくなって格子から手を離そうとすると強い力で手首を掴まれた。
「!?」
「私は貴女が生まれた瞬間に確信しました。貴女は憎き黄家に報復する為に天が与えて下さったのだと!」
その瞬間、月は中に引きずり込まれ強く格子に体を打ち付けた。
「うゥっ! おかあ、さま?」
「月、お母様にその目を見せて?」
引っ張る力とは正反対の優しい声が月にかけられる。その声に月は身をぶるりと震わせた。目を覆う布に母の手が伸びる。
月は必死に首を振り、その手を拒む。
「やめて! お母様!」
だが、月の抵抗は虚しく布は地面に落ちる。
ぞっする程冷たい空気がその場を覆った。ぞわそわと虫の蠢く気配が先程月が通って来た階段の方から押し寄せて来る。
──あれは、何?
月はその場から離れようとするが、母に掴まれたまま身動きが取れない。
「月、私を見て?」
「いや!」
月は顎を掴まれ強引に上を向かされる。月は必死に目を瞑り抵抗する。目を開いてはいけないと直感が告げていた。
そのうちに背中のすぐ後ろまで、虫の蠢く気配が押し寄せて来ていた。
その気配が足に触れた瞬間、全身に悪寒が走り、月はとうとう目を開いてしまった。
眼前には、やせ細った女の白い顔があった。それは生まれて初めて見る自身の母の顔だった。
「──そう、それでいいのよ」
母は月に向かって優しく微笑むと、次の瞬間には黒い塵となって消えていた。
「月、貴女がこの梁家を兄達を守るのよ」
そんな言葉を残して。




